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戯曲「辺境の惑星」

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1 

ハナ「人の寿命から見れば遥かな未来。宇宙からすればほんの瞬きにも満たない程度の未来。俺は、故郷の星系から遠く離れたとある星を……およそ命というもののほとんど存在しない氷の惑星を、ひとり、老いぼれた体を引きずるようにして訪ねることになるだろう。赤道付近にある無人の宇宙ポートに俺は降りる。管理責任者は『ノア』という名のAIで、AIのくせにやけに人懐っこく俺に話しかけるだろう」

ノア「ようこそ。ようこそミスター。嬉しいです。あなたは10年ぶりの訪問者です」

ハナ「入星審査のゲートとか、手荷物のスキャン・システムとかは無いのですか?」

ノア「ありません。10年にひとりしか訪問者がいないのに、そんなシステム、経費の無駄でしょう? まあ、そういう意味では私の存在も経費の無駄遣いですけれどね」

ハナ「ノアというAIはそう言って陽気に笑う。俺は小さく肩をすくめ『来たくて来たわけじゃないんですよ』とわざわざAIに説明をする。『来たくて来たわけじゃない。ただ、私は、知らなければならないんだ。知らなければ、前に進めない。そういう呪いをかけられているんです』」

ノア「なるほど」

ハナ「何も理解していないはずなのに、そのAIは『なるほど』と言う」

ノア「では、あなたの旅が有意義なものになるよう、私も祈ることにいたしましょう」

ハナ「それから俺は、ロビーの外に停めてある、ひとり乗りの氷雪面専用バギーを一台借りるだろう」

ノア「目的地までナビゲーションが誘導します。現地に着いたら、このカードをかざしてロックを解除してください」

カシャンというカードが出てくる音。

ハナ「ビジター用カード……なるほど。確かに、私はこの星ではビジターだ。いや、『この星でもビジターだ』と言うべきかな」

ノア「では、お気をつけて」

ハナ「それから俺はひとり、北に向かって1キロメードほど移動をするだろう。その氷の惑星には『色彩』というものが無い。空は一面、分厚い灰色の雲。大地も全て、分厚く濁った灰色の氷雪。夏でも氷点下40度までしか気温は上がらず、冬にはそれが氷点下百度以下まで下がる。風はまったく吹かず、そのせいで景色の変化も無い。音も無い。その無音の灰色の景色の中を走っているとまるで……まるで、時間という概念が、人間のただの勘違いに思えてくる」

ナビ「目的地に到着しました」

ハナ「唐突に、氷雪面の下から、2メード2メードの漆黒の立方体が現れる。エレベーター。乗り込む。内部にはコントロール・パネルも、階数表示も、非常ボタンも無い。体が一瞬軽くなり、エレベーターは地下深く降りていく。深く、深く、降りていく。俺は知っている。やがてエレベーターが停止した時、俺は、この星に存在する唯一の命と対面をするだろう」

地下の牢獄に、鎖に繋がれた老婆が現れる。

ハナ「ママ……」

ママ「……」

ハナ「ママ……ママ!」

ママ「……」

ハナ「俺の正面に、彼女はいるだろう。太い鈍色の鎖で両手両足を壁に繋がれ、彼女はペタンと銀色の床に座っているだろう。俺の声は聞こえているはずなのに、顔をあげようともしないだろう。俺は彼女の側に行きたいが、すぐ外に透明の硬化ガラスで立ち塞がり、俺はエレベーターから降りることすら出来ない。『ママ!』」

ノア「面会時間は5分です」

ハナ「待ってくれ。この人の話を聞くために、俺は気が遠くなるほど遠い距離を旅してきたんだ! とてもじゃないが5分じゃ無理だ!」

ノア「面会時間は5分です」

ハナ「ママ! 俺だよ! わかるだろう? さあ、顔をあげて俺を見てくれ」

ママ「……」

ハナ「!」

ママ「気安くママなんて呼ぶんじゃないよ。アタシには娘はたくさんいたけど、息子はひとりもいないんだ。男ってやつは、普段は威張っているくせに、いざって時には役に立たないポンコツばかりだからね」

ハナ「ママ! 俺は本当のことが知りたいんだ! 真実ってやつだよ。俺は、彼女の真実を知りたいんだ!」

ママ「見返りはなんだい?」

ハナ「見返り?」

ママ「当たり前じゃないか。見返りも無しに、アタシに昔を思い出させようって言うのかい?」

ママ、ゆらりと立ち上がる。

ママ「アタシはね。つまらないことはきれいさっぱり忘れることにしてるんだよ。今となっちゃ、私が覚えているのは三人の女のことだけだ。

ひとりは、アタシが殺そうとした女であり、

ひとりは、アタシを殺そうとした女であり、

ひとりは、その両方だった。

ひとりは、ピュアであり、

ひとりは、ビジターであり、

ひとりは、その両方だった。

三人とも、心に異なる正義を持っていて、そしてあの時、世界は運命をその三人の女の手に握られていた」

ハナ「……」

ママ「で、あんたが真実を知りたいというのは、どの女のことだい?」

2 

夕景の中、ヤン・ドーが手にライフルを持って立っている。

その傍らにレイジ・ドー。

レイジ「安全装置、外れてるぞ」

ヤン「……」

レイジ「ヤン」

ヤン「外れてるんじゃない。外してるんだ」

レイジ「おまえ、本当に撃つの?」

ヤン「撃つよ」

レイジ「本当に撃つの?」

ヤン「撃つよ」

レイジ「本当に本当に? おまえ、本当に『人』を撃てるのか?」

ヤン「しつこいな! 撃てるよ! 知ってるくせに!」

レイジ「まあな。まあ、知ってるけどさ。でもあれだぜ? 一回だけなら言い訳出来ても、二度目となるとそうも行かないぞ?」

ヤン「誰に言い訳するんだよ」

レイジ「それは、あれだよ。天国の、門番的な人?」

ヤン「俺が天国に行けるわけないだろ」

レイジ「じゃあ、地獄の、門番的な人?」

ヤン「頼むから消えてくれ。気が散るから」

ママ「おい」

ヤン「!」

ヤン、反射的にライフルをママに向ける。

と、ヤンの背後からビッチが現れる。

ビッチ、刃物を持っていて、それをスッとヤンの首に当てる。

ビッチ「誰にそいつを向けてんだ、貴様」

ヤン「……」

ビッチ「ここでおまえを三枚に下ろして天日で炙って私の3時のおやつにしてやっても良いんだぞ?」

ヤン「……」

ママ「ビッチ。あんた、また太った?」

ビッチ「え? いや、全然」

ママ「嘘つけ。太っただろう」

ビッチ「いえ、横ばいです」

ママ「嘘つけ。おまえの横ばいは、太るペースが横ばいってことだろうが。ちょっと目を離すたびにプクプクプクプクしやがって!」

ビッチ「貫禄を付けようかと思って。その方が、うちらの商売的に有利かなー、なんて」

ヤン「ねえ。あんたたちが約束の人?」

ママ「……」

ヤン「16時にここで人に会えって言われた」

ママ「ちょっと見せてみな」

ヤン「え?」

ママ「その手に持ってる鉄砲だよ。そいつが目印なんだろ? ちょっと見せてみな」

ヤン「……」

ヤン、ライフルをママに渡す。

ママ、それを受け取ると、いきなりヤンを殴る。

ヤン「!」

ママ「バカか、おまえは! 一つしかない武器を他人に渡してどうやって戦うんだ、この間抜け! 緊張感を持て!」

ヤン「でも俺、あんたの指示に従えって」

ママ「政治屋の言うことなんか、信用するな。あいつらは息を吐くように嘘をつく」

ビッチ「全部秘書が勝手にやりました。私は知りませんでした」

ヤン「……」

ママ「それにしても、なんだこれは。石器時代の武器か?」

ビッチ「ママ。それ、鉛の弾が出るらしいよ」

ママ「鉛?」

ビッチ「そ。それも、1発ずつゆっくり。ドーンって」

ママ「そんなのんびりした武器で人が殺せんのか?」

ヤン「殺せます!」

レイジ「……」

ヤン「ちゃんと、殺せます。一度、証明済みです」

ママ「……」

ビッチ「……」

ママ「そうかい。じゃあまあ、それを信用して、始めようか。(ママ、ヤンにライフルを返しながら無線機に)サック。サーーーーック!」

別空間にサック現れる。

サック「怒鳴らなくても聞こえてます♪」

ビッチ「聞こえてるだけじゃダメなんだよ。きちんと報告入れてこいよ」

サック「あら、プクプクしてる人に怒られちゃった♪」

ビッチ「私は概ね横ばいだ!」

サック「ごめんなさい。プクプクじゃなくてブクブクだった?」

ママ「サーーーーック!」

サック「今、りんごが箱から出ました。お皿に乗るまで、私も一緒に移動します」

サック、消える。

ハナ「それは、俺が生まれて初めて、別の星に降り立った日のことだ」

ママ「アタシはママ・ローズ。この作戦の指揮官だ。アタシに歯向かったり意見をしたらブチ殺す」

ハナ「初めての旅。初めての大都会」

ママ「そっちは娘のビッチ」

ヤン「ビッチ?」

ハナ「俺は無学で無一文で、連れの命令を聞くしかないだけの男だった」

ヤン「ビッチって名前なの?」

ビッチ「そうだよ! 格好いいだろ! 女はビッチに限るって言うだろ?」

ハナ「あー、なんて大きな街なんだ。どの建物も、ドーの星の岩山より大きい」

ママ「そして、さっきの娘はサック」

ビッチ「クソ女って意味だ」

ハナ「でもどうして。どうしてどこにも人がいないんだろう」

ママ「ビッチ。始めるぞ」

ビッチ「イエス・マム」

ビッチ、去る。入れ替わりに、パランが現れる。

パラン「『聖なる広場』だそうだ」

ハナ「『聖なる広場』?」

パラン「今、この街に住むビジターはみんな『聖なる広場』に行ってるんだ。そこで、これから大統領閣下がありがたい演説をするらしい。さ、俺たちも行くぞ」

パラン、去る。

ハナ「俺は、ドーを出て、ハムダルという星にやってきた。星の大きさはほぼ同じなのに、人の数は5万倍。ここは宇宙の中心。あらゆる星の若者が、人生を変えにやってくる夢の星」

ママ「おまえ、名前は?」

ヤン「ヤン。ヤン・ドー」

ママ「よし、ヤン・ドー。あと少ししたら、あの『聖なる広場』に標的が現れる。アタシが合図をしたら、おまえはそいつの心臓を1発でブチ抜け。あんたがきちんと仕事をすれば、アタシの家族もきちんと仕事をする。あんたが失敗したら、あんたをブチ殺すのがアタシらの仕事になる。わかるな?」

ヤン「わかる」

ハナ「嘘だ」

ヤン「標的を撃つ。撃って殺す。前にも一度やっている」

ハナ「嘘だ」

レイジ「あー、あいつだぜ。『おおぼし』。諸悪の根元は。面白いよな。ここから見てる分にはちゃんと『おおぼし』はあるのに、あれ、実はもう爆発しちまってこの世にいないって言うんだから」

ママ「来たぞ」

聖なる広場に、サラ・ヴェリチェリが現れる。

ハナ「その日、大統領をひと目見ようとやって来た人間は、10万人近かったという。首都リグラブの中心にある聖なる広場に、ハムダル星で初めての女性大統領サラ・ヴェリチェリが登場すると、10万人が一斉に彼女に注目をした」

パラン「ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ」

ハナ「ハムダル星系を支配するピュア。そのピュアの長である大統領が、こうして大勢のビジターたちの前に姿を現すことは異例中の異例だった。それが、良いことなのか、悪いことなのか、期待と不安をないまぜにした状態で、10万人の聴衆はサラ・ヴェリチェリの第一声を待っていた」

パラン「ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ」

ハナ「彼女がステージに登る。ステージの前には、古代ハムダル文字が刻まれた大きな石のレリーフがひとつ。更にその前に長いロープが張られ、警備のための兵士がびっしりと配置されていた」

パラン「ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ」

サック「りんごが皿に乗りました」

サラ「ハムダル星に暮らす全ての星民の皆さん。今日は皆さんに、ご報告しなければならないことがあります。ハムダル星は一年後に消滅します。今、ハムダル星には我々ピュア以外に108種のビジターが入星しています。皆さん、それぞれの種ごとに固まり、リトルタウンを作ったり互助会を作られたりしていること、私たちも把握しております。私たちは、皆、遺伝子を未来に運ぶ船です。『種の保存』は、すべての生命の、生きる目的そのものです。ですから、その108種の皆さまにも特別に、男一枚、女一枚、脱出用の宇宙船の乗船チケットを」

ママ「撃て」

ヤン、撃つ。

パラン「ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ」

ママ「それが、おまえが生まれて初めて、故郷とは別の星に降り立った日に起きたことだ」

ハナ「嘘だ」

ノア「面会時間、5分、終了しました」

ハナ「嘘だ」

ノア「面会時間、5分、終了しました」

ハナ「嘘だ」

ノア「面会時間、5分、終了しました」

ハナ「嘘だ! それは、絶対に嘘だ!」

ヤン「空を見ると、過去が見える。このライフルにスコープがあれば、少しだけ大きく過去が見える。もしここに大きな大きな望遠鏡があれば、幸せだった過去がもっともっとしっかり見える。まだ、みんなが幸せだった過去。私がまだドーの星にいた過去。ドーの星にいて、生まれた時からドーの星にいて、ずっとずっと死ぬまでドーの星にいるつもりでいて! そして毎日毎日、愛するドーの家族と一緒に、大空を見上げていた過去!」

ジジ・ドーが現れる。

ジジ「大ニュース! 大ニュース大ニュース大ニュース! なんと今夜! レイジの乗った船が、うちらの星のそばを通るらしいぞ!」

ハナ「……」

ヤン「……」

ジジ「なんと今夜! レイジの乗った船が、うちらの星のそばを通るらしいぞ!」

ハナ「……」

ヤン「……」

ジジ「あれ? なぜ一緒に盛り上がらない?」

ハナ「え? あー、うん。実は、十日前から知ってたから」

ジジ「え」

ヤン「その時は盛り上がった。ふたりで」

ジジ「え」

ハナ「俺、実は文通してるから。レイジと」

ヤン「そ。妹の俺ともしてないのに」

ジジ「え」

ハナ「や、俺は別にどっちでもよかったんだけどね。手紙とかめんどくさいしさ。でもどうしてもレイジが俺と文通したいって。だからまぁ、仕方なく?」

ジジ「悔しい!」

ジジ、去る。

ハナ「俺とヤン・ドー、そしてレイジ・ドーが生まれたのは、スヴァルト銀河の中の恒星ドワから12番目に離れた場所を周回する、小さな赤い惑星だった。星の大半は、赤い砂岩で出来た山々で覆われていて、そこでは一年じゅう強風が吹き荒れていた。俺たちの祖先はその風をかわす谷に降り、砂岩を削って平地を作った。そして、家畜とともに肩を寄せ合うように暮らした。

ドー。

この星に生まれた者は、全員、苗字がドーだった。星全体でひとつの家族。それが、ドーの社会。人々は皆温厚で優しく、歌と踊りが大好きで、食べ物はそんなにたくさんは無かったけれど、あれば必ず皆で平等に分け合った。社会には上流もなければ下流も無く、嘘も無く、人と人との諍いも争いも無く、そして争いが無いから『武器』と呼ばれるものも無かった。俺も、ヤン・ドーも、この星で生まれ、厳しく長い冬を二度、越えた。ドーの星では、冬を二度越えると大人とみなされる。俺もヤンも、ごく普通のドーの民のように、恋人を作り、恋人と同じ寝所で夜を過ごし、春の終わりか遅くとも夏の頃には子どもを作り、そうして家族とともに生きて家族に看取られて死ぬ。そういう人生を歩むのだと思っていた」

ヤン「おはよう、みんな! 今日も『あなた』の祝福が、ドーの星の全ての命にありますように!」

ハナ「おはよう、ヤン! 今日も『あなた』の祝福が、ヤンとレイジにありますように!」

ヤン「おはよう、みんな! 今日も『あなた』の祝福が、ドーの星の全ての命にありますように!」

ハナ「おはよう、ヤン! 今日も『あなた』の祝福が、ヤンとレイジにありますように!」

ヤン「その日の夜、私は集落から歩いて15分ほどのところにある『天文台』に向かった。もちろん、本物の天文台じゃない。まだ私が小さな子供だった頃、たまたま兄貴が、近くの小さな丘の上に、私たちが寝そべるのにちょうど良い平べったい大きな岩を見つけた。兄貴はそこを『天文台』と名付けた。そして兄貴、兄貴の幼馴染みのハナ、そして私の三人で、夜、よく一緒に星を眺めたんだ」

ハナ、先に来て空を見ている。

ヤン「もう見えてる? 兄貴の船」

ハナ「たぶんね。でも、星が多過ぎて、どれがどれだかわからないよ」

ヤン「え、でも、宇宙船なら星と違う動きをするはずだし、じっと見てたらわかるんじゃないの?」

ハナ「そう思ってさっきから一生懸命見てるんだけど、全然わからん」

ヤン「……」

ハナ「そう言えば、おまえと一緒に天文台に寝そべるの、あの日以来だな」

ヤン「あの日というのは、兄貴が初めて、自分の気持ちを私とハナに伝えた日のことだ」

レイジが現れる。

レイジ「俺、ハムダルに行こうと思うんだ。ハムダルの大学に行って、そして、宇宙の船乗りってやつになりたいんだ」

ヤン「ドーの星に住む者は、皆、幸せはドーの星にこそあると信じている。ドーの『あなた』の祝福。愛する家族と歌い、踊り、笑い、そして助け合って生きることが、宇宙で一番の幸せだと信じている」

ハナ「ヤン、知ってるか? レイジの乗ってる宇宙船、中の広さが6メード6メードしかないんだってさ」

ヤン「え? そんなに小さいの?」

ハナ「おう。『大きな世界に憧れちまう』とか言って出てったくせに、あいつの仕事場、うちのダダルの鶏小屋より小さいんだよ。笑っちまうよな」

ヤン「……」

ハナ「……」

ヤン「ハナはさ。結婚の話とか、言われないの?」

ハナ「言われるよ」

ヤン「その時、なんて言ってるの?」

ハナ「夏までにはちゃんと考えるよって」

ヤン「そっか。そう言えばいいのか」

ハナ「……」

ヤン「そう言いながら、私は再び視線を星空に戻す。双子の月が、45度の角度まで上がったきた。兄貴からハナに来たメールだと、ちょうど今くらいの時間に、ほぼ天頂のあたりを兄貴の乗る宇宙船D-227号は航行予定のはずだ。でも、今その位置には、双子の月の次に明るい『おおぼし』が輝いている。マイナス12等の明るさの『おおぼし』の周りでは、どんな星も霞んでしまう。ましてや、小さな宇宙船なんて。兄貴の乗る、小さな宇宙船なんて」

ハナ「ヤンはどうなんだよ。ヤンの方が、俺よりいろいろ言われるだろ?」

ヤン「うん。ハナと結婚したらって言われてる」

ハナ「それで?」

ヤン「それで?」

ハナ「その時、ヤンはなんて答えてんの?」

ヤン「それは、ハナから何か言われてから考えるって」

ハナ「なるほど」

ヤン「ハナは、私と結婚したい?」

ハナ「……」

ヤン「私はハナの答えは知っていたけれど、それでもあえて訊いてみた」

ハナ「そうだな。他の女とするくらいなら、ヤンとする方が良いかな」

ヤン「意味がわからない」

ハナ「……」

ヤン「ドーの星では、愛しいという気持ちに偽りがなければ、何人と結婚しても良い。誰かと比較する意味はない……たいていの場合は」

ハナ「意地悪言うの、やめろよな」

ヤン「うん。ごめん」

ハナ「……」

レイジ「なあ、ヤン。なあ、ハナ。そりゃ、俺だってドーの星は大好きだよ。大好きだけれど、でもちょっとだけ、ここは狭い気がするんだよ。なんでかわからないけど、俺は、もっとこう、ドーンと大きな世界に憧れちまうんだ」

ハナ「なんだよ、ドーンって」

レイジ「おまえは知らないんだよ。宇宙は広いんだぜ? 宇宙は、ドーンの、ドーンの、そのまたドーンって言っても足りないくらい広いんだぜ?」

ハナ「あれ? ヤン。今、『おおぼし』、ちょっと大きくならなかったか?」

ヤン「は? 『おおぼし』は元々大きいんだよ。大きいから『おおぼし』なんだから」

ハナ「そんなこと知ってるよ。ただ、今、そのデカいのが、更にデッカくなってないかって言ってるんだよ?」

ヤン「……わ。本当だ……」

ハナ「な? 変だろ? それも、前からじゃない。さっき急に、プクって横に大きくなったんだよ」

ヤン「でも、そんなの変だよ。星が急に大きくなるなんて、聞いたことないよ」

ハナ「あ」

ヤン「あ!」

ハナ「左側だけ、どんどん明るくなってきた!」

ヤン「驚きと恐怖で、私たちは同時に立ち上がった。『おおぼし』をじっと見つめる。それは、円形から楕円形に膨らみ、更にその左側だけがグングンと明るさを増し始めた。そして、ほどなくそれはプツンと『おおぼし』から離れ、一つの大きな球体となって、流れ星のように夜空を滑り始めた!」

ハナ「あれは星じゃない。宇宙船だ!」

ヤン「え?」

ハナ「宇宙船! どんどんこっちに向かってる!」

ヤン「その数秒後、光の球は、ドーの星の大気圏に突入した。彗星に良く似た真っ白い尾が、光球の後ろに伸びた。最初はやや東に。その後、微調整をしたのか今度は北に。背後に大きな塊を放出する。開く。それは大きな銀色の傘だった。傘が開くと、見る見るうちに光球はその速度を落とし、速度が落ちるにつれ、その輝きも暗くなっていった。今やそれは、球ではなく、立方体に近い角ばった宇宙船だと私にもはっきり視認できた。それは、私とハナのいる天文台をかすめ、途方もなく大きな地響きを上げ、北側に聳える岩山たちの中腹に突き刺さった……」

ハナ「気がつくと、俺は走っていた。ヤンも走っていた。あれにはレイジが乗っている! ふたりともそう確信していた。レイジの乗る宇宙船は、光の速度で3時間以上かかるほどの遠距離を通過予定だった。それがなぜドーの星に墜落したのか、俺にはまるで見当がつかなかった。でもそんなことはどうでもいい。レイジに無事に会えるのならどうでもいい。月明かりを頼りに俺とヤンは夜の赤砂利の道をひた走る。と、前方で、銀色の宇宙船が、北の岩山の中腹から再びふわりと浮かぶのが見えた。いつの間にか船体の四方に大きなプロペラが展開していて、その揚力で100メードほど上空をゆらゆらと宇宙船は移動していた。そして、俺とヤンの目の前に、ゆっくりと再び降りた」

レイジ、現れる。

ヤン「兄貴」

ハナ「レイジ!」

レイジ「よ。元気?」

ヤン・ハナ「……」

レイジ「突然の里帰りが、こんな形になってごめん。ちょっといろいろあってさ」

ヤン「兄貴は、少し照れたような笑顔でそう言った」

レイジ「あ。皆さん、大丈夫なんで、そのまま出てきてください」

キャプ、リッチ、パラン、エリが現れる。

レイジ「あ、こいつらは家族です! 全員、俺の家族なんです! なんでライフルなんて持ってんですか!」

リッチ「いやだって、原始人の星だろ? 怖いじゃん」

レイジ「俺の故郷ですって言ったじゃないですか!」

そして、ハク・ヴェリチェリが現れる。

レイジ「あ、この人のことは知ってるよね? ハムダル星で初の女性大統領になったサラ・ヴェリチェリさんのひとり娘で、ハムダル・ピュアで最高のスコアを持つ、ハク・ヴェリチェリさんです」

ハク「この星、初めてなのに、とても懐かしい感じがする!」

別空間に、ママが現れる。

ママ「この出会いが、後に、ヤン・ドーを人殺しにした」

ママ「ハク・ヴェリチェリ。宇宙船D-227号の副パイロット。ただし、ただの副パイロットではない。ハムダルの本星を中心とした半径18光年にも及ぶ広大なハムダル宇宙連邦の中で、最も有名な副パイロットだ。若いロック・スターを知らない年寄りたちも、ハク・ヴェリチェリの名前は知っていた。歴史上のお偉いさんを知らない小さな子供たちも、ハク・ヴェリチェリの名前なら知っていた。理由は、たった今、あの男が言った」

レイジ「ハムダル・ピュアで最高のスコアを持つ、ハク・ヴェリチェリさんです」

編集長、現れる。

編集長「エリ君。エリ君。エリ君」

エリ「なんですか、編集長。一回で聞こえてますけど」

編集長「ハク・ヴェリチェリが、ついに初めて、外宇宙航海の任務に就くらしいよ。知ってた?」

エリ「知りません」

編集長「知っとこうよ! 君もジャーナリストの端くれなら、こういうことは押さえておこうよ!」

エリ「ていうか、宇宙船のパイロットなんだから、宇宙に行くのって普通のことじゃないですか」

編集長「君もその船、一緒に乗ってもらうことにしたから」

エリ「え? なんでですか?」

編集長「なんでって、仕事でしょう! 市民の皆さんが知りたいと思っていることを取材して記事に書くのがジャーナリストの仕事でしょう!」

編集長とエリ、去る。

ママ「ハク・ヴェリチェリは、有名なだけでなく、力も持っていた。それは、彼女が望んで得た力ではなかったし、それを自分の欲望のために使ったことは一度もなかったけれど、力があったことは事実だった」

パラン「ハク君。ハク君」

ハク「パラン先生! どうされたんですか? 珍しいですね、こんなところに」

パラン「実は、君に会いにきたんだ」

ハク「私に?」

パラン「うん。君が、副パイロットとして辺境の惑星パトロールの任務に就くってニュースを聞いてさ。それでその……君に、折り入ってひとつ、頼みがあるんだが……その航海、ぼくも連れて行ってもらえないだろうか?」

ハク「え」

パラン「君も知ってると思うけど、宇宙考古学の場合、どうしても、現地のフィールド・ワークが欠かせないだろう? でも、なかなか、自分みたいなビジターには、外宇宙まで出ていくチャンスが無くてね」

ハク「先生はビジターでなはく、名誉ピュアじゃないですか。それに私、単なる新米の副パイロットですよ? 連れて行くだなんて、そんな権限はありません」

パラン「何を言ってるんだ。君は、ハク・ヴェリチェリじゃないか」

ハク「……」

パラン「外宇宙に行く船の『学者枠』は激戦なんだ。普通に申請を出していたんじゃ、死ぬまでに一度も通らないかもしれない。一生に一度の頼みだ。君から上官に、ぼくの名前を伝えてもらえないだろうか?」

ハク「……」

ママ「その上、ハク・ヴェリチェリは美人でもあった。なので、金があり野心がありうぬぼれの強い男たちは、こぞって彼女の心を射止めようとした」

テレビ画面に、リッチが登場する。

リッチ「ハク・ヴェリチェリさん。初めまして。見てますかー? 自分はリッチ・カーオと言います。文字通り、リッチ! 昔、爺さんが投資したアルファ・ケンタウリ鉱山の株がびっくりするほど値上がりしまして、自分では何ひとつしていないのに、びっくりするほどリッチです! ハクさん! それで自分は、最高のご先祖さま孝行をするために、リッチなそのお金を全部、あなたへのプロポーズ大作戦に使うことに決めました! あなたにふられたら、自分、一文無しです! でも、いいんです! そのくらいやらないと、自分のこの愛! この愛の深さを信じてもらえないだろうと思いまして! とりあえず、第一弾として、今度のあなたの初めての外宇宙航海。その宇宙船の座席をひとつ、お金たんまり積んで買い取り」

キャプが、テレビをパチンと切る。

ハク「おはようございます。今回、宇宙船D-227号の副パイロットに任命されましたハク・ヴェリチェリと申します」

キャプ「昨日のテレビ番組、あれは実に下品だったね」

ハク「え?」

キャプ「運よくあぶく銭を掴んだビジターかと思ったら、あれでもピュアだって言うじゃないか。君と結婚するということは、ある意味、すべてのピュアのリーダーとなり、模範となることでもあるのに、彼はそこのところがわかっていない。もっと、気品、みたいなものを大切にしてほしいね」

ハク「すみません。私はテレビは見ない習慣で」

キャプテン「そう。素晴らしい。実はぼくもそうなんだ」

ハク「あ、そうなんですか? 今、テレビの話題をしてたのに」

キャプテン「キャプ・ヴァイス。宇宙船D-227の機長であり、君の指導係でもあります」

ハク「よろしくお願いします」

キャプテン「ちなみに、まだ、独身なんだ。今まで、理想の女性に出会うことが出来なくて」

ハク「そうなんですか」

レイジが現れる。

レイジ「キャプテン。管制塔が、航海ルートの最終チェックをお願いしますって。あ、船外作業員のレイジ・ドーです。よろしくお願いします」

ハク「知ってます」

キャプテン「? 彼は、ビジターだよ?」

ハク「知ってます。大学で同級生でしたから」

キャプテン「へええ」

ママ「ハク・ヴェリチェリと、ヤンの兄であるレイジ・ドーが乗った宇宙船は、こういう船だった」

5 

レイジ、手早く舞台装置を動かす。

レイジ「(一同に)外壁補修作業、終了しました」

と、診断ライトがキャプテンに当たる。

D-227「キャプテン・ヴァイスさま。本日2度目のヘルスチェック。脈拍、血圧、血液内酸素濃度、正常。神経系統、正常。骨密度、正常。宇宙放射線被曝量、規定内。DNA損傷未検出。次のヘルスチェックは8時間後です」

レイジ「素晴らしい。健康体」

キャプテン「(無視)」

診断ライトがハクに当たる。

D-227「ハク・ヴェリチェリさま。本日2度目のヘルスチェック。脈拍、血圧、血液内酸素濃度、正常。神経系統、正常。骨密度、正常。宇宙放射線被曝量、規定内。DNA損傷未検出。次のヘルスチェックは8時間後です」

レイジ「ま、ハクさんの場合は当たり前ですね。何せ、すべてのピュアの中で最高の『スコア』……」

ハク、チラッとレイジを睨む。レイジ、そのまま黙る。

診断ライトがエリの席に当たるが、エリは別場所で雑誌を読んでいる。

D-227「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

エリ「(雑誌を読みながら)私はいいや。面倒くさい」

レイジ「エリさん。一応、ピュア宇宙航行法で決まってまして」

エリ「あなただって一度もしてないじゃない」

レイジ「自分はビジターなんで、必要ないんです」

エリ「差別」

レイジ「区別です」

エリ「差別でしょ」

レイジ「(エリが読んでいる雑誌を覗き込み、読む)流行を先取り。フェロモン・カラーであなたもナイトクラブのヒロインに……なんですか、これ」

エリ「現実逃避」

レイジ「フェロモン・カラーってどんなカラーですか?」

エリ「ねえ。あなた、本当に知らないの? あなた、ビジターのくせに、ハク・ヴェリチェリの友達なんでしょ?」

レイジ「あ、それは差別です」

エリ「区別よ」

レイジ「まあ、どっちでも良いですけど」

D-227「エリ・クムさま。本日2度目のヘルス・チェック。診断ライトの中にお入りください」

エリ「ねえ。ハクはどっちと婚約すると思う? キャプ? リッチ?」

レイジ「ハクさん、結婚しますかね?」

エリ「するに決まってるでしょ! 今か今かと世界じゅうが待ってたのに、ずっと待ちぼうけで今やタイムリミットギリギリなのよ?」

と、両手をあげたパランと、その後ろに、パランにライフルを突きつけたリッチが現れる。

リッチ「おまえら! 全員、動くんじゃないぞ!」(M8、終わり。)

パラン「参った! 降伏します! 撃たないで! 捕虜になりますから!」

リッチ「ダメだ! 銃というのは、登場したら必ず弾を発射しなければならないって決まってるんだ。バーン!」

パラン「あー!(とわざとらしく倒れる)」

リッチ「(ハクに)ハクさん。これ、見てください。経営難の博物館から流出した、古代人が使っていた武器です。すごくないですか? オークションに出ていたので、すぐに落札して3D転送させました」

リッチ、言いながら、診断ライトの中に入る。

D-227「リッチ・カーオさま。本日2度目のヘルスチェック。脈拍、血圧、血液内酸素濃度、正常。神経系統、正常。骨密度、正常。宇宙放射線被曝量、規定内。DNA損傷未検出。次のヘルスチェックは8時間後です」

リッチ「(ライフルを構え)どうですか? 惚れていただきました?」

ハク「惚れません」

リッチ「え? でもでもでも、前にハクさんのお母さま、テレビで仰ってましたよね?」

リッチ・エリ「『ヴェリチェリ家は、母も娘も、トラディショナルを感じさせてくれるものが大好きなんですのよ。オホホホホ』」

リッチ「って。なので、ほら。レッツ・トラディショナル(と、ライフルを構える)」

キャプ、リッチの言葉に少し笑う。

リッチ「? どうして笑うんですか?」

キャプ「わからないなら良いですよ。どうかお気になさらず」

リッチ「自分、今、バカにされました?」

キャプ「なぜ、そう思うんですか?」

リッチ「なんででしょう」

キャプ「ぼくは、テレビにもラジオにも新聞にも時間は使いません。自分の時間は全て、外宇宙を自由に飛べる宇宙船の機長になるための勉強に使ってきました。おかげで、メディアというものが垂れ流す下品な情報に魂を汚されたことがない」

エリ「グサッ」

キャプ「では、なぜ、ぼくは外宇宙を自由に飛べる宇宙船の機長になりたかったのか。それは、愛する人を守る力を手に入れたかったから。宇宙は予測不能な危険に満ちている。その時に、愛する人を守るのに一番役立つ能力とは何かを考えた結果、ぼくはそれは宇宙船の機長になることだと判断しました。それに、真にセレブな女性は、お金で買えるものよりも、金では買えない知能とスキルの方を評価してくれると思いますし(と、ハクを見る)」

ハク「……」

レイジ「(エリに)やっぱり、どっちとも結婚しないんじゃないですかね」

エリ「でもねでもね。彼女の母親が、ぶら下がりの取材の時にお付きの記者たちに言ったのよ。『オフレコだけど、自分の娘も、そろそろ結婚を考えているようでして。私は、相手がピュアでさえあれば……』」

別空間に、サラ・ヴェリチェリ、登場する。

サラ「(エリのセリフに被せて)相手がピュアでさえあれば、娘の選択を尊重するつもりでおります。ええ、もちろん」

ハク「! お母さん!」

サラ「あら。あなた、帰ってたの。珍しいわね」

ハク「ライブ映像で見たわよ! どうしてあんな嘘を言うの?」

サラ「嘘は言ってないわよ。この前も結婚の話をした時、あなた『わかった、わかった、わかりました』って言ったじゃないの。かなり感じ悪く」

ハク「だからって、記者たちの前であんな話、しなくても良いじゃない」

サラ「ハク。あなた、自分が生まれてから、もう何年が経ったと思っているの? 女性には出産適齢期ってものがあるのよ? 私たちの種を健康かつピュアな形で次の世代に確実に伝えるために、女性は10から12のシーズンの間に出産をお願いしたい……産婦人科学会からの声明、あなただって学校で何度も習ったでしょう?」

ハク「でも、私には仕事があるの」

サラ「子供を産むのは、あなたの義務なの」

ハク「!」

サラ「きちんとしたスコアを持つピュアの男性と性行為をして、きちんとしたスコアを持つピュアの子供を産む。それがあなたの義務。義務は仕事に勝る。私もそうした。あなたもそうしなさい」

ハク「……」

サラ「(笑って)そんな怖い顔、しないでよ。スコアのあるピュアなら、相手は誰でも良いのよ? 最高じゃない! 私の時代なんか、父親が勝手に相手を連れてきて、『おい、おまえ。おまえの結婚相手はこいつにしたからな』って。私は、背が高くて、横にも大きくて、照れ屋さんで、包容力抜群の『森のクマさん』みたいな男性が好きだったのに、なんか見すぼらしいチビで貧弱で薄毛のメガネ男で、本当に悲しかったんだから。それに比べたら、あなたはどんなに幸せか」

ハク「……私が好きな人で良いのね?」

サラ「そうよ。相手もピュアなら、ね」

ハク「私が好きな人なら、どんな人でも、お母さんは祝福してくれるのね?」

サラ「そうよ。相手が、きちんとしたスコアを持つピュアの男性なら、ね」

ハク「……」

サラ、去る。

ハク「(パランに)ところで、パラン先生は、どうしてリッチさんのお芝居にお付き合いしてたんですか?」

パラン「え?」

ハク「『撃たないで! 捕虜になりますから! バーン! あー!』」

パラン「ああ。ええと、実はね……」

リッチ「(割り込む)実は、パラン先生の研究室に、寄付をすることにしまして」

パラン「はい。助かります。ありがとうございます」

リッチ「それも、かなりしっかりした金額を」

パラン「そうなんです。助かります。ありがとうございます」

ハク「へええ。リッチさんが、パラン先生の研究に」

リッチ「自分は、リッチですが、決して守銭奴ではないですから。それを、きちんとハクさんにもご理解いただきたいなと。それに、パラン先生の御研究にはハクさんもご興味があるとうかがいまして……ええと先生の研究ってなんでしたっけ」

パラン「宇宙考古学です。星の間の歴史と書いて星間歴史社会学、と呼ぶ人もいます」

リッチ「そう! 歴史。歴史。レッツ・トラディショナル!(と構える)」

レイジ「わかった。パラン先生だ」

エリ「え?」

レイジ「ハクさんが好きなのって、もしかしてパラン先生!」

エリ「それは、ダメでしょ。だって、パラン先生は、ピュアじゃなくて名誉ピュアだもの。権利はピュアでも、遺伝子はビジター」

と、唐突に爆発音。

一同「!」

D-227「第2推進エンジンにシグナル・イエロー」

キャプ「何があった?」

D-227「第2推進エンジンにシグナル・イエロー。出力15%低下」

ハク「微小隕石か、それとも磁気嵐でしょうか。メイン・エンジンは無事ですが、自動航行コントロールAIのCPUからもシグナル・イエロー出ています」

D-227「第2推進エンジンにシグナル・イエロー。航行の一時中断と修理・点検を推奨します」

キャプ「え」

リッチ「自分たち、どこかに不時着をするのですか?」

ハク「現在、この船から最も近い星は、ハムダル第13星系第3惑星、ドー。距離52万宇宙メード」

レイジ「わーお!」

一同「?」

レイジ「そこ、俺の故郷です!」

6 

ヤン、ユリ・ドー、ムル・ドー、現れる。

キャプ「私は、宇宙船D-227を惑星ドーに不時着させた。突然の宇宙船の来訪に、原住民たちは驚き、皆で私の宇宙船を取り囲んだ。外に出た私は、この宇宙船のキャプテンとして、彼らに丁重に詫びの言葉を伝えた。

『ドーの星の皆さん。お騒がせして申し訳ありません。実は、ちょっとした機材トラブルのため緊急着陸をさせていただきました。修理と点検の間、少しだけ、こちらの星にお邪魔をさせてください』」

ヤン「兄貴」

レイジ「よ。元気? 突然の里帰りが、こんな形になってごめん。ちょっといろいろあってさ」

ハナ「その場にいた最年長は、冬を4回越したオオノキという大叔父だった。彼は一族を代表して、宇宙船のクルーたちに、まずは自分たちの集落に移動をしませんか、と提案した」

ママ「(オオノキとして)この時間は、我々はいつも宴を楽しんでおりまして、ぜひ、皆さんとも暖かい火を囲んで同じ酒を飲みたいですね。レイジのお仲間なら、我々にとっても家族も同然ですから」

キャプ「あなたがこの星の長ですか?」

ママ「長? いえ、違います。私たちには長はいません」

キャプ「長がいない? それは、今ここに居ない、と言うことですか?」

レイジ「キャプ。ドーでは、長とかリーダーとか知事とか大統領とか、そういう人をわざわざ決めたりしない社会なんです」

パラン「(手を上げ)じゃあ、誰がみんなを取りまとめるんですか? リーダー無しで、社会はどう運営されるのでしょう? 政治は? 何か問題が起きるたびに、全員で多数決をするのですか?」

ユリ「問題? ええと、問題……そういうのは滅多に起きませんし……」

ムル「それに、ドーの星では、意見が割れるということがありませんから」

キャプ「意見が、割れない?」

ママ「そもそも、なぜ、意見が割れるのでしょう。『あなた』の恵みに感謝をする。家族を愛する。食べ物も飲み物も全員で分け合う。朝と昼は働き、夜は歌を歌う。どこにも、人々の意見が割れるところがありません」

リッチ「(小声でエリに)変なところに来ちまったぞ」

エリ「シッ」

キャプ「なるほど。素晴らしいですね」

パラン「実に興味深い」

ママ「さあさあ。こんな所で立ち話をしていても冷えるばかりです。私たちの集落に移動しましょう。今宵も『あなた』の祝福が、皆さま方にありますように」

レイジ「(ハクに)あ、そこ、危ないですよ(と手を貸す)」

ハク「ありがとう」

ヤン・ハナ「(レイジとハクを見ている)」

パラン「それから私たちは、ドーの星に3台しかないという12人乗りのバギーに乗って彼らの集落に移動した。私はその道すがら、ドーの星についてあれこれ質問をした」

ユリ「はい。『あなた』とは、ドーの星の神のことです」

ムル「はい。私たちは、お肉は年に一度しか食べません」

ユリ「年に一度、『あなた』への祝福の宴で、私たちはダダルの肉を焼きます」

ムル「ダダルというのは、ドーの星の鶏です。どの家でも飼っています」

パラン「私の故郷の星には虹色の羽の鶏がいたのですが、ドーの星の鶏はどうですか?」

ユリ「あら。実は、ダダルの羽も虹色です」

パラン「そうですか! ダダルも虹色ですか!」

ムル「あと、私たちは、普段はケートの乳から作ったスープを飲みます」

ユリ「あと、フュルという赤い木の汁から作るお酒も飲みます」

パラン「私は夢中になって、その全てを克明にメモしていった。ドーの星の民は、男が複数の妻を娶り、妻もまた複数の夫を選ぶ。なので、結果として、集落全体でひとつの家族となる超大家族社会となっている。社会全員が自分の家族であるため、助け合いの精神が強く、諍いは少ない。そして、私が最も気になったのは『聖なる広場』のことだ。彼らは移動可能なテントをぐるりと円形に並べ、その中心となる空き地を『聖なる広場』と呼ぶのだそうだ。しかも、その『聖なる広場』の真ん中には、石で作った小さなオブジェを置くのが習わしらしい。なんてことだ。規模は全然違うが、名前と言い形と言い、ハムダルの首都リグラブの、あの『聖なる広場』と一緒じゃないか」

レイジ「ドーの星は、神様への信仰の厚い星なんです。朝起きたら『あなた』に感謝。食事をする時も『あなた』に感謝」

ハク「夜、眠りにつく時も、神様に感謝」

レイジ「はい」

エリ「なんで知ってるんですか?」

ハク「昔、レイジとお茶をした時に教えてもらったの」

エリ「へええ。ハクさんって、自分はピュアなのに、ビジターとお茶とかしちゃうんですね」

パラン「ねえ、君」

ハナ「はい」

パラン「聖なる広場には、どうして必ず、石で作ったオブジェを置くのかな?」

ハナ「あー、あれは『祠《ほこら》』の石なんです」

パラン「祠?」

ハナ「はい。自分たちの集落から歩いて半日くらいのところに、この星で一番神聖な『祠』があるんです。でも、そこは神聖すぎて普段は近づいてはいけないことになっているので、それでぼくらは、祠の入り口の石をいくつか持ってきて、それを広場に置いているんです。その石のおかげで、単なる広場が、聖なる広場になるんです」

パラン「祠……この星で最も神聖な場所……それ、私も見てみたいんだけど、難しいかな?」

ハナ「え?」

と、突然、ドーの誰かが、ガンガンとモノを叩き始める。

ムルが、広場中央に出てきて、踊りを始める。

パラン「まだまだ聞きたいことはあるのに、唐突に宴が始まった」

『ドーの星の祝祭の歌』

「朝の 光 あなた からの

ゆうべの うたげ あなた からの

静かな 夜には 深い 眠り

そして また朝 愛しい 家族

すべて あなた あなた からの

すべて あなた あなた からの

ふたつの 月は あなたの ひとみ

そよぐ 風は あなたの 声

やさしい 雨は 心 潤す

そして また朝 愛しい 家族

すべて あなた あなた からの

すべて あなた あなた からの

今日の 踊りも 明日の 歌も

すべて あなた あなた からの」

歌い終わりと同時に、別空間にサラと星防省の職員が現れる。

職員「大統領! 大変なことが起きました」

サラ「私が良いと言うまで、この部屋には立ち入り禁止と言ったはずですよ!」

職員「ドーという辺境の惑星で、宇宙船D-227号の乗組員が、現地住人に殺害されるという事件が発生しました!」

サラ「D-227?」

職員「はい。大統領御令嬢のハク・ヴェリチェリ様、そして、ノア・クム筆頭補佐官の妹様のエリ・クム様がご搭乗でした」

サラ「!」

職員「詳細はまだ判明しておりませんが、少なくともピュアふたりが殺害され、残りの方は拉致をされて生死不明とのことです」

サラ「!」

ママ「オーケイ。ここまでがプロローグだ」

暗転。

7 

溶明。

座っているママ。その前に、エリが倒れている。

ママ「女は、暗闇の中で目を覚ました。闇だ。完全な闇。手を伸ばしてみても、手も、その手前にあるはずの自分の腕の輪郭すら見えない闇だ。どこかが痛む。頭だろうか。胸だろうか。その両方だろうか。めまいがしている気がするが、闇の中にいるので、本当に世界が回っているかどうかはわからない」

エリ「ここ、どこ?」

ママ「わからない。自分が立っているのか、倒れているのかも、わからない。腕を伸ばす。指先には何も触れない。その代わり、肋骨のあたりに強い痛みが走る」

エリ「う……」

ママ「う。う。う。そう呻き声が延々と木霊する。それで女は、もう一度、考える」

エリ「ここ、どこ? 私は、誰?」

ママ「……」

エリ「あー」

ママ「……」

エリ「あー。あー。あー。誰か……誰か、いる? いるなら、来て……」

ママ「先ほどより声が大きい分、木霊も大きかった。だが、その木霊たちに向かっていくら耳を澄ませても、自分以外の発する音は聞こえてこなかった」

エリ「ここは、どこ?」

ママ「次に、痛みを覚悟で、もう一度、体を捻ってみる」

エリ「わ……なんだろう、この臭い……」

エリ、自分の服の袖の匂いを嗅ぐ。

エリ「これ……お酒だ!」

ムル、現れる。

ムル「これは、ラーズという木の根から作ったお酒なんです。ラーズは赤い木なんで、お酒もこんな風に赤いんです。でも、美味しいでしょう?」

ママ「女は、酒の匂いから、少しだけ昨夜の宴のことを思い出す。そもそも女は、酒が強くなかった。けれど、勧められる酒を飲まないのは相手の歓迎を受け入れていないと思われそうで、普段より頑張って飲んでしまったのだ」

エリ「辺境の星……ネイティブたちの集落……宴会……円形の広場だった。大勢の人がいて、満天の星空の下で、みんなでお酒を飲んだ。広場の中央には、星型に組んだ大きな櫓があって、その中で、薪が赤黒く爆ぜては美しい火の粉を散らしていた。大きな葉を編んで作られた皿。木をくり抜いたコップ。皆が持ち寄った料理。どれもまだ熱々で、スープは湯気をあげていた……」

ユリ、現れる。

ユリ「今日も、この星の隅々にまで、『あなた』の祝福をありがとうございます」

ママ「祝福をありがとうございます」

ユリ「明日もドーの『あなた』の祝福が、この星に住むすべての者と、そして、遥々宇宙船に乗ってやって来た六人の客人たちにもありますように」

ヤンとレイジが現れる。

ヤン「客人って言うなら、五人じゃないの? だって、兄貴は客人じゃないでしょ?」

レイジ「だよなー」

エリ「レイジ。レイジ・ドー。私は彼を覚えている。私は、彼の生まれ育った星に来たんだった」

別空間。

職員「宇宙船D-227号には、大統領御令嬢のハク・ヴェリチェリ様、そして、ノア・クム補佐官の妹様のエリ・クム様がご搭乗でした。詳細はまだ判明しておりませんが、少なくともピュアふたりが殺害され、残りの方も拉致をされ生死不明とのことです」

ハナが現れる。

ハナ「宇宙船が山に激突した時は、心臓止まるかと思いましたよ。本当、皆さんが御無事で、こうして一緒に宴の輪に座ることができて、俺、本当に嬉しいです」

ムル「これもまた、ドーの『あなた』の思し召しですね。さ、記念に一献」

レイジ「(エリに)あ、最初は、ひとり一杯、一気に飲みます。そして、飲んだ柄杓を左に左に回して行って、ぐるっと一周させるのがこの星の宴のしきたりなんです。でも、大丈夫。女性の場合は、ほんの少し口に含めば、あとは男が代理で飲んでも良いことになってます。なので、無理そうだったらぼくに柄杓を渡してください。代わりに飲みますから」

エリ「ありがとう♪」

ママ「レイジは優しい。それも、押し付けがましくない優しさだ。女は彼の言葉が嬉しくて、逆に柄杓のお酒を一気に飲み干した」

エリ「ドー!」

たくさんの歓声と拍手が来る。

レイジ「お酒と同じだけ、水も飲んだ方が良いですよ」

エリ「ドー! ねえ、これ、一杯しか飲んじゃいけないの?」

レイジ「この『ドーの輪』は、何回も回ってくるんです。でも、大丈夫。2回目からはパスをしてもOKというのがルールです」

ママ「女は一度もパスをしなかった」

別空間。

職員「宇宙船D-227号には、大統領御令嬢のハク・ヴェリチェリ様、そして、ノア・クム補佐官の妹様のエリ・クム様がご搭乗でした。詳細はまだ判明しておりませんが、少なくともピュアふたりが殺害され、残りの方も拉致をされ生死不明とのことです」

エリ「そうだ……その宴で、結婚と家族の話をした。ドーの星は、夫もたくさん妻もたくさんの社会だって言われて、私たちは驚いた」

キャプ、現れる。

キャプ「え? 夫がたくさんで妻もたくさん? それはいかがなものかなあ」

ヤン「ハムダルでは、愛は素晴らしいものじゃないんですか?」

キャプ「ハムダルでも、愛は一番素晴らしいものだとみんな思っていますよ」

ヤン「素晴らしいものは、ひとつだけより沢山有る方が良くないですか?」

キャプ「本当の愛はひとつだけ。だからこそ、愛は素晴らしいんじゃないですか?」

ママ「愛は素晴らしい。ハムダル人も愛は大好きだ。しかし、ハムダルでは、愛の上にひとつ、より大事とされているものがある」

リッチ、現れる。

リッチ「ハムダルの優れた遺伝子をピュアな形で子孫に渡す。これ、すなわち、種の保存!」

ママ「だから、ハムダル・ピュアは、ビジターと結婚することが出来ない。肉体関係を持つことも出来ない。キスすることすら出来ない。何らかの感染症が無症状のまま伝染り、知らない間にスコアを大きく下げてしまう可能性があるからだ」

ハク、現れる。

ハク「だから、私は、レイジ・ドーとは結婚出来ないんです。たとえ、両想いだったとしても。あ、例え話ですよ? ただの例え話」

ムル「両想いなのに結ばれないことがあるなんて、まるで地獄ですね」

ユリ「ドーでは、愛する人とは必ず結ばれるんです」

ハク「必ず?」

ユリ「そう必ず。ドーの『あなた』に歌を捧げれば、ドーの『あなた』が願いを叶えてくださるんです」

エリ「最高ー!」

ハナ「実は、ドーの星には、寂しさを歌った歌がひとつも無いんですよ。どんな人にも必ず愛してくれる人がいて、だから、ドーの星では孤独に苦しむ者はひとりもいない……そういうことになってます」

エリ「そういうことに、なってます?」

ハナ「まあ、ドーの人間だって、五千人くらいいますからね。ひとりもいない、はさすがに言い過ぎなんじゃないかなって思ってるだけです」

リッチ「みんな聴け! 俺はピュアだ。俺は、ハク・ヴェリチェリと結婚する資格がある!」

キャプ「ここはハムダルじゃないんだよ。ここでは、皆さんとレイジ君がピュアで、俺たちがビジターだ。礼儀正しく飲みたまえ」

リッチ「うるさい。俺はピュアだ。リッチでピュアだ。レイジはビジターで、パラン先生にはスコアが無い。おまえはピュアかもしれないが、金は俺の百分の一も持っていない。だから、ハク・ヴェリチェリと結婚するのは絶対に俺だ!」

パラン、現れる。パラン、リッチを強引に座らせる。

パラン「ドーの星の皆さん。私、実は前々から、いつかドーの星を訪れることが出来たら行ってみたいと願っていた場所があるのです」

エリ「あ」

エリ、胸元からペンダントを出す。

ママ「そう。姉のくれたペンダントが、たまたまおまえの命を救った」

パラン「今から私は、ドーの『あなた』に歌を捧げます。なので皆さん。ぜひ明日、私の願いを叶えていただけませんか?」

エリ「あ……」

ママ「そうだ。あの男だ。あの男が、この祠で、おまえのことを撃った。おまえを殺すつもりで」

エリ「!」

ママ「同じ頃、祠の外にも、死体がふたつ転がった。犯罪の無いドーの星で、殺人事件が、同時にふたつ、起きた」

ハナ「バギーは、赤砂利だらけの一本道を、ガタガタと激しく上下に揺れながら疾走していた。ドーの星に三台しかない大型のバギー。年に数回しか動かさないこのバギーが、まさか二日続けて出動することになるなんて」

ムル「オオノキ叔父! 車輪が外れる!! スピード落として!!」

バギーがバウンドする。

オオノキ「すまん」

ユリ「とにかく落ち着いて! 本当かどうかは、まだわからないから!」

ムル「そうそう。ハナはこう見えて、気の小さい所もあるから!」

ハナ「俺はこの目で見たんだ! あれは死体だ! 完全に死んでたんだ!」

ユリ「それ、ヤンも一緒に見たの?」

ハナ「だから! ヤンはいつの間にかいなくなっちゃったんだ! 俺、必死に探したんだけどどこにもいなくって!」

ムル「オオノキ叔父! 前に枝!」

全員、頭を下げる。

オオノキ「すまん」

ハナ「その日、俺とヤンは、朝から客人の案内係だった。パランっていう学者先生が、どうしても聖なる祠を見たいって言って。ハクっていうハムダルの大統領の娘さんが自分も見たいって言い出して。そしたら機長も金持ちもハクさんが見たいなら絶対に行きたいって言い出して。レイジひとりにロケットの修理を押し付けて、残りは全員、聖なる祠まで観光に行くことになったんだ」

ムル「いきなり死んだって、心の臓の発作かしら」

ハナ「違うよ。胸のど真ん中に穴が開いてた」

ユリ「毒の木の実を拾って食べたのかしら」

ハナ「だから、胸に穴が空いてたんだって! あれは、人殺しってやつだって!」

ムル「オオノキ叔父! 前に崖!」

ドリフト走行で回避。

オオノキ「すまん」

ハナ「聖なる祠は、俺たちの聖地。聖なる祠は、人は入ってはいけない。聖なる祠に入って良いのは『夢見』と言われるドーの巫女たちだけだ。なのに、客人たちの何人かが『やっぱり中が見たい』と言い出して、勝手に祠に入った。『中はダメなんです。そういう決まりなんです』そう言って、俺は彼らを止めるために中に入った。そうしたら……そうしたら……」

ムル「いきなり背後から頭殴られるとか意味わからない」

ハナ「は?」

ユリ「ていうか、それで気を失うとか男としてだらしない」

ハナ「めちゃめちゃ強い力で殴られたんだ!」

ムル「なんで客人がおまえの頭を殴るんだ!」

ハナ「知らないよ!」

ユリ「で、誰に殴られたの?」

ハナ「だから、知らない! 後ろからだったんだ! 目が覚めたら、ヤンはいなくて! 客人たちもいなくて! ただ、死体がふたつ、俺のすぐ近くに転がっていて!」

ムル「オオノキ叔父! そこも崖!」

オオノキ「ここは良い」

一同「え?」

バギー、大ジャンプ。そして着地。

ハナ「バギーは林を抜け、山岳地帯をひた走る。坂を上り、少し下り、また上り、少し下り、また上ったところで、バギーはつかの間の平地に出る。その平地の真ん中に、地下から大地を割って迫り上がってきたかのような、巨大な岩がひとつ鎮座している。岩の真ん中は、縦に細く裂けていて、そこが地下深くへと続く、長い長い洞窟の入り口になっている。それが祠だ。聖なる祠。『あなた』と呼ばれるドーの神が住む、聖なる祠!」

ムル「オオノキ叔父!」

バギー、急ブレーキをかけて停止。

ハナ「俺たちは、祠の二十メードほど手前にバギーを停めた。エンジンを切ると、辺りは風の音だけになった。バギーに乗ってきた全員が、そっと地面に降りた。聖なる祠の前に、人がふたり、倒れているのが見えた」

ムル「おい!」

ユリ「おい!」

ハナ「声をかけてみたいが、もちろん、相手は動かない。死んでいるのだ」

オオノキ「カメラを出せ。出して、まず遠くから一枚撮れ」

ユリ「え」

ムル「大叔父、勝手に人を撮ったらだめなんじゃ……」

ユリ「そうだよ。魂が抜けたらどうするんですか。せめて、相手に先に断ってから……」

オオノキ「あれの魂は既に抜けている」

ハナ「写真を撮る。遠くから一枚。少し近づいてまた一枚。それから、初めて使われる捜査マニュアルに従って、近くの足跡などを10枚ほど。そうやって、写真を撮りながら、俺たちはじわじわと、ふたつの死体の側に近づいていった。と、その時だった」

遠くから、地響きのような音が聞こえてくる。

一同「?」

ムル「え? 何の音?」

ユリ「あ!」

ハナ「俺たちは見た。銀色に輝く宇宙船D-227号が、青白い炎を噴射しながら、ドーの星から離陸していく」

一同「……」

ハナ「どういうことだよ……なんで、宇宙船が飛び立つんだよ! あれには、いったい誰が乗ってるんだよ!」

一同「……」

ママ「あの宇宙船は壊れていたのではなかったか? 機材トラブルが起きて、そのためにわざわざドーの星に不時着をしたのではなかったか? 

ハナ「その日は、レイジだけが、修理のために宇宙船に残っていた」

ママ「では、たった半日で、レイジ・ドーは宇宙船を直したのか? 直したとして、いったい誰が操縦をしているのか。レイジは船外作業員で、宇宙船の操縦は出来ない。では、誰だ?レイジ・ドーはどこに? そして、突如、姿を消したヤン・ドーは、今どこに?」

8 

サラ、現れる。

サラ「ハムダルが作る宇宙船はすべて、特殊なビーコン……高周波の電磁波を発している。なので、ドーの星から飛び立った宇宙船D-227号を発見するのに、さほど時間はかからなかった。ハムダル政府は『矛』と呼ばれる特殊部隊を派遣した」

テシ・マナフ、現れる。

テシ「宇宙座標X-13・Y-81・Z-92。宇宙船D-227号を確認。接岸します。接岸。突入!」

テシ、船内に突入する。

テシ「手を挙げろ! 抵抗すれば射殺する!」

ヤンが現れる。

テシ「……貴様、名前は?」

ヤン「ヤン。ヤン・ドー……」

テシ、ヤンを乱暴に連行する。

そこには既に、大学生のハルキ・ペザンが監禁されている。

テシ「入れ」

ヤン「ここ、どこ?」

テシ「……」

ヤン、その部屋に入れられる。

ヤン「……」

ハルキ「……」

ヤン「……」

ハルキ「君、何をしたの?」

ヤン「……」

ハルキ「あ、いや、その、俺、実はなんでこんなところに入れられてるのかわからなくて。ある日突然、警察が来て、俺、ここに強引に連れて来られて。親にも大学の仲間にも誰にも連絡も取らせてもらえなくて。俺が何をしたんですか?って聞いても誰も返事すらしてくれなくて」

ヤン「……」

ハルキ「こうやって誰かと話が出来るのも三日ぶりなんだ。君、何をしたの」

ヤン「殺人」

ハルキ「え?」

ヤン「……」

ハルキ「なんだ。冗談か」

ヤン「……」

ハルキ「え? 冗談じゃないの?」

ヤン「……」

ハルキ「やっぱり冗談? え? どっち?」

ヤン「それって、あんたに何の関係があるの?」

ハルキ「え……」

と、そこにサラが来る。

ハルキ「!」

サラ「ヤン・ドー」

ヤン「……」

サラ「はじめまして。私はサラ。サラ・ヴェリチェリ。こう見えても、一応私、ハムダル星の大統領なの。それもねそれもね。ハムダルの歴史の中で初めての女性大統領っていう、ちょっと偉い人なんです。あー、でも、あなたには、あなたかあなたのお兄さんが殺したハク・ヴェリチェリの母です、と自己紹介した方が良いかしら」

ヤン「兄は誰も殺してません」

サラ「あら、そうなの?」

ヤン「人を殺したのは私です」

サラ「あら、そうなの」

ヤン「はい」

ハルキ「あの!」

サラ「何?」

ハルキ「俺、ここにいても良いんですか? なんか、俺が聞くべき話じゃない気がするんですけど」

サラ「ハルキ・ペザン。例の困った男の子ね」

ハルキ「え? 何のことですか?」

サラ「あなたは別にもう、何を見ても聞いても構わないのよ。それを誰かに話すことは、二度と出来ないのだから」

ハルキ「え?」

サラ「では、改めて、ヤン・ドー」

ハルキ「ちょっと待ってください! 二度と出来ないとか、めっちゃ怖いんですけど!」

サラ「ごめんなさいね。でも、正規の取調室も、正規の留置場も、今は全ての行動が録画録音されてしまうから大事な話が出来ないのよ」

ハルキ「え? でも、俺、逮捕されてるんですよね? ここは正規の留置場じゃないんですか?」

サラ「ここは、記録に残らない部屋」

ハルキ「は?」

サラ「(ヤンに)では、改めて、ヤン・ドー。尋問を開始しますね」

ヤン「……」

サラ「ドーの星で一体何が起きたの?」

ヤン「……」

サラ「私の娘、ハク・ヴェリチェリは、今、どこに?」

ヤン「ハク・ヴェリチェリは、死にました」

ハルキ「え……」

ヤン「そのままにしていても腐るだけだから、遺体は、宇宙空間に流しました」

ハルキ「ええ! ハク・ヴェリチェリさん、死んだんですか?」

サラ「あなたが、殺したの?」

ヤン「違います」

サラ「あなたのお兄さんが殺したの?」

ヤン「違います」

サラ「では、誰が殺したの?」

ヤン「ハク・ヴェリチェリは、ただ、死にました」

サラ「ヤン・ドー。人は、ただ死んだりしないわ。病気になるか、大きな怪我をするか、あるいは殺されるか。そうでしょう?」

ヤン「でも、ハクはただ死んだんです」

サラ「ヤン・ドー」

ヤン「私はあの女が好きじゃない! あの女のことなんか、どうでもいい!」

サラ「あの子は私の娘なのよ?」

ヤン「そんなの俺には関係ない!」

ハルキ「俺、本当にここにいていいんでしょうか!」

サラ「少し、静かに」

ハルキ「はい」

サラ「しかし、不思議よね。あの子、ドーの星に行ったの、初めてのはずよ? ということは、あなたとも初対面だったわけでしょう? 会ってたったの一日で、どうしてあなたはそこまであの子を嫌いになったのかしら」

ヤン「……」

サラ「それも、殺してしまうほど、嫌いに」

ヤン「殺してない」

サラ「殺してないの?」

ヤン「あの女のことは殺してない」

サラ「では、あなたは別の人を殺したのね?」

ヤン「だったら何?」

サラ「まあ、良いわ。今は緊急事態なので、他の人のことは後回しにしておきたいの。で、ハク・ヴェリチェリはなぜ死んだの?」

ヤン「あの女は、ただ、死んだ」

サラ「病気でも事故でもなく、ただ、死んだ」

ヤン「……」

サラ「そ。なら、それでいいわ」

ハルキ「え? いいんですか?」

サラ「(見る)」

ハルキ「すみません」

サラ「あなたは、あの子が死んだという。私は、それが嘘だということを証明は出来ない。でも。それでも。私たちは、あの子が生きていることにしなければ」

ヤン「は?」

サラ「少なくとも、今は、ハク・ヴェリチェリは生きていることにしなければ。それが、政治というものだと私は思うの」

ヤン「意味がわからない」

テシ、入ってくる。

テシ「大統領。そろそろ閣僚会議のお時間です」

サラ、立ち上がる。

サラ「ヤン・ドー。意味がわからないからと言って、それが無意味なことにはならないのよ」

サラ、出ていく。

ヤン「……」

ハルキ「……」

ヤン「……」

ハルキ「ねえ。君の星で、何が起きたの?」

ヤン「……」

ハルキ「ハク・ヴェリチェリの船が不時着した後、君の星で、何が起きたの?」

ヤン「……」

ハルキ「や、ごめん。きっと俺、不躾なことを聞いてるよね? わかるよ。俺だって、いきなり初対面の相手にプライベートでセンシティブなことを質問されたら身構えちゃうと思うんだ。ましてや、俺たちはこんなところで、こんな不自然な出会い方をしているわけで、君の立場からしたら、『なんで牢屋にいる犯罪者と会話しなくちゃいけないんだよ』って思っても仕方がないと思うんだ。でもでもでも、君にはふたつ、理解して欲しいんだけど、まずひとつめは、俺は、本当に何もしてないんだ。悪いことは何一つしてない。犯罪者じゃない。何かの手違いでこんなところに閉じ込められてしまった、普通のビジターの大学生なんだ。それからふたつ目。君はこの星に来たばかりだから当然知らないだろうけど、ハク・ヴェリチェリが事件に巻き込まれた、誘拐されたか殺されたかしたらしいってニュースが流れた時は、それはもう、この星全体ですごい騒ぎになったんだよ。あらゆるメディアがそのニュースを流して、ランチに行けばどの店のどのテーブルでも話題はハク・ヴェリチェリのことだったし、だから、その事件の真相を知っている人を前にして、黙っているなんて出来っこない。あと、俺は三日三晩ここでひとりぼっちだったから、そもそも会話にもすごく飢えてるんだ。それも理解してほしい。あ、だから三つだ。理解してほしいこと、三つ」

ヤン「グルなの?」

ハルキ「え?」

ヤン「さっきの取り調べの女の人と、グルなんでしょ?」

ハルキ「違う!違う! 俺は、そもそも体制側の人間は嫌いなんだ。『ビジター差別反対』ってデモをしていたくらいなんだから」

ヤン「……」

ハルキ「で、ハク・ヴェリチェリの船が不時着した後、君の星で、何が起きたの?」

ヤン「……」

ハク、現れる。

ハク(歌・とてもゆっくり)「朝の 光 あなた からの

ゆうべの うたげ あなた からの

静かな 夜には 深い 眠り

そして また朝 愛しい 家族……」

パラン、現れる。

パラン「神よ。あなたに感謝します。俺は、全身を突き抜ける喜びを必死に押し隠す。『朝の光、 あなたからの。ゆうべのうたげ、あなたからの』。知っている。あれは、俺がまだ小さな子供だった頃、母が歌ってくれたあの歌と同じ歌詞で同じメロディだ! さあ、落ち着け。落ち着け、俺。慎重に。そして冷静に。まずは揺るぎない証拠を探すことだ。俺はドーの星の人間を観察する。誰にするか。誰にするのが正解なのか。冬を四つ超えたというあの老人か。口の軽そうなあの女か。それとも、レイジの幼なじみだというあの男(ハナ)か?」

ハナ、現れる。

ハナ「神よ。あなたに感謝します。俺は、溢れ出す喜びで身も心もいっぱいだった。レイジが帰ってきた。レイジが、元気になって帰ってきた。本当のことを言うと、俺はもう二度とレイジには会えないかと思っていた。だって、俺は見たから。見てしまったから。前にレイジがこの星に帰ってきた時、あいつは一度、血を吐いた。みんなが明るく楽しく幸せに歌い踊る宴《うたげ 》のさなか、こっそりあいつは物陰に隠れて血を吐いていた。レイジ。咳をするだけで、両の手のひらが真っ赤になっていた」

レイジ、現れる。

レイジ「誰にも言うなよ」

ハナ「でも」

レイジ「誰にも言うな!」

ハナ「!」

レイジ「誰にも。この星の誰にも。特にヤンには、絶対に言うなよ」

ハナ「……」

ハク「で、どの人?」

レイジ「え? 誰が?」

ハク「レイジのお母さん」

ヤン「え」

ハナ「え」

ハク「前に話してくれたじゃない。レイジのお母さん。『一族の中でも、それはもう飛びっきり変わった格好良いオフクロでさー』って」

レイジ「言ったっけ」

ハク「言いました」

レイジ「いつ言ったっけ」

ハク「大学の時。授業のノートを借りたお礼にランチをご馳走した時に」

レイジ「あー、その時はほら」

ハク「ほら、何?」

レイジ「まさか、ハクさんが俺の星に来ることがあるなんて思わなかったから、つい」

ハク「つい、何?」

レイジ「この星では、俺のオフクロの話は、ちょっと歓迎されないんだ」

ハク「え?」

ハナ「マーサ・ドー」

レイジ「いや、みんな良い人なんだ。この星の人たちは、みんな、びっくりするほど良い人たちなんだ。ただそれとは別に、こんな田舎の星にも、やっぱりタブーみたいなものはあってさ」

ハナ「マーサ・ドー」

ハク「ごめん。意味がわからない。格好良い女性だと、どうしてタブーになるの?」

ヤン「よそ者が母さんの話をするな」

ハナ「ヤン」

レイジ「話すと長い話なんだ」

ハク「でも、レイジのお母さんの話なら、私、聞きたいけど」

ヤン「よそ者が、私の母さんの話をするな!」

ハナ「ヤン!」

と、リッチが来る。リッチ、まだ手にライフルを持っている。

リッチ「ハクさん! こんなところにいらしたんですか! どうしたんですか、ビジターの船外作業員なんかと」

ハク「故障を直すのにどのくらいの時間が必要か、確認してたんです」

リッチ「どのくらいかかるの?」

レイジ「すぐに交換用の部品を3Dプリンタにデータ転送してもらってとして、丸一日ってとこですかね」

リッチ「あ、そう。じゃあ、ボーナス弾むから半日で頑張ってよ」

レイジ「はい! って、そんなことより、いつまでそんな鉄砲持ってるんですか!」

リッチ「いやだって、ここ、原始人の星だろ? 用心は必要だろ?」

ハク「リッチさん。その言い方は失礼が過ぎますよ」

リッチ「確かに! そうですよね! ここはレイジくんの故郷なわけですしね! 自分、ハクさんのお陰で、今、人間としてひとつ成長することが出来ました。ありがとうございます。(ヤンに)君、これ、預かってて」

ヤン「え……」

ヤン、ライフルを受け取る

リッチ「さあ、ハクさん。あっちで乾杯をしましょう。ハクさん。謙虚な男は好きですか?」

ハク「傲慢な人よりは好きですけど」

リッチ「良かった。じゃあ、今、自分はまたひとつポイントを稼ぎましたね」

などと話しながら、リッチとハク、去る。

ヤン「あの時、撃ってしまえば良かった」

レイジ「え?」

ヤン「成金男を。そしてハク・ヴェリチェリを。そうすれば兄貴は今も……」

ママ、現れる。

ママ「ガキが、一人前に、後悔してるんだ。笑っちまうね」

ヤン「……」

ママ「あんたが何を言おうが、騒ごうが、喚こうが、レイジは同じことをしたと思うけどね。あれは、そういうタイプのアホだろ?」

ヤン「人の兄をアホとか言わないでください。あなたが、兄の何を知ってるって言うんですか」

ママ「知ってるさ。たぶん、おまえよりもずっと」

ヤン「私は、厳しい冬を二回も兄と過ごした」

ママ「飯食って酒飲んで、歌って踊ってってしてただけだろ?」

ヤン「私と兄は、なんだって話した。秘密なんかなかった。兄弟で、そして親友だった!」

ママ「それは嘘だ」

ヤン「!」

ママ「おまえはともかく、兄貴の方は秘密がいっぱいさ。レイジ・ドーは、犯罪者だった。警察の『矛と盾』に捕まれば、そのまま終身刑は確実ってレベルの犯罪者だった」

ヤン「嘘だ!」

ママ「嘘なものか。あんたの兄貴は犯罪者で、アタシら家族のお得意様だ」

ヤン「え?」

9 

サックとビッチが現れる。

生演奏のある酒場になり、ビッチは客。サックはバーテンになる。

ハルキ「あの」

サック「……」

ハルキ「あの」

サック「……」

ハルキ「すみません。大学の新歓コンパの予約をしたいんですけど、ここ、何人から割引になりますか?」

サック「新歓コンパ!」

ハルキ「え?」

サック「この店はね、金勘定しながら酒を飲むようなダサい男は全員出禁にしてるんだよ。殺されたくなければさっさと出て行け」

ハルキ「……なんだよ、この店」

ハルキ、去る。

入れ替わりに、レイジ、来る。

レイジも、バーテンに声をかける。

レイジ「あの」

サック「……」

レイジ「あの」

サック「……」

レイジ「あの!」

サック「うるさいね、あんた。聞こえてるわよ。でも、どんな店にも『あの』っていう名前の酒は置いてないからね」

レイジ「は?」

サック「さっさと酒の名前だけ言え、クズ」

レイジ「(ちょっと困った顔になり、またバーテンに)あの」

サック「……」

レイジ「あの!」

サック「うるさいね、あんた。聞こえてるわよ。でも、どんな店にも『あの』っていう名前の酒は置いてないからね! さっさと酒の名前だけ言え、このゴミ」

レイジ「(やや大声で)この店でバーテンに合言葉を言えと教えられまして!」

と、店内がシンッとなる。

レイジ「あれ?」

と、ビッチが立ち上がる。

ビッチ「なら、言いなよ」

レイジ「え」

ビッチ「合言葉」

レイジ「(バーテンとビッチのどっちに言うべきか迷いつつ)夜中に唐揚げを食べたからと言ってイコール太るとは限らない」

サック「いやいや、太るでしょ」

ビッチ「それは、その日に他に何を食べてたかによると思う」

サック「いやいや、太るでしょ。一個ぷくぷく二個ぷくぷく。合わせてブクブク(三ブクブク)」

ビッチ「私は概ね横ばいだ!」

レイジ「あの!」

サック「『あの』っていう名前の酒は置いてない!」

ママ「あんたが、レイジ・ドー?」

レイジ「! はい。自分が、レイジ・ドーです」

ママ「本名?」

レイジ「はい。本名です」

ママ「そうかい。こっちに来な」

レイジ「はい」

レイジが来ると、ママ、いきなりレイジを殴る。

レイジ「!」

ママ「(レイジに)本名名乗ってアクセスしてくるなんて、こんにちはアタマ、大丈夫ですか?」

レイジ「そうなんですか?」

ママ「そりゃ、そうだろ」

レイジ「偽名とか、匿名だと失礼かと思って。あの、誠実にお付き合いしたいと思ってますので」

ママ「誠実なお付き合い! 素晴らしい!(ビッチに)ビッチ! あんた、こいつと結婚しな」

ビッチ・サック「え?」

レイジ「え?」

ママ「私の娘と結婚するなら、おまえも私の家族。家族なら裏切らない。裏切らないからビジネスの話だって出来る」

ビッチ「ママ」

ママ「なんだい」

ビッチ「私にだって選ぶ権利はあるのよ」

ママ「だからなんだい」

ビッチ「一晩やってみてから決めたい」

ママ「一晩もかかるのかい!」

ビッチ「じゃあ、今、そこで一回」

ママ「(レイジに)やれるかい?」

レイジ「え?」

サック「気をつけた方がいいよ。あの女はもともと気性が荒い上に最近は欲求不満が積み重なってるから、いざという時、おまえさんのナニをナニしてそのままナニしちゃう(可能性も)」

レイジ「(遮って)ちょっと待ってください!」

ママ「なんだい。煮え切らない男だね」

レイジ「自分は、ビジネスの話をしに来ました。ビジネスの話、だけ、をしにきました」

サック「わかった。おまえはビッチがぷくぷくだから抱けないって言うんだな」

ビッチ「は?」

サック「おまえはビッチがブクブクだからって抱けないって言うんだな」

ビッチ「貧乳女が僻んでんじゃねえぞ!」

サック「私は着痩せするタイプなんだ!」

ママ「ビッチ! サック! 姉妹(きょうだい)喧嘩はそこまでだ」

レイジ「え? きょうだい?」

ママ「ビッチが無理ならサックでも良いぞ? どっちも私の自慢の娘だ。結婚するならくれてやる」

レイジ「自分には前から心に決めた女性がおりまして!」

三人「!」

レイジ「や、心に決めたって言っても、あくまで俺の一方的な気持ちですし、そもそもいろいろと条件的に難しくて全然可能性は無いんですが、でも今は、その女性のことしか自分は考えられないので、そうした気持ちでありながら他の女性とそういうナニな関係になることは出来ないというか、ましてや結婚なんてどう考えても」

ビッチ「なら、死ね」

レイジ「え?」

サック「そうね。相手を疑いながら仕事するより、奪って殺して埋めちまう方が早くて確実で安全よね?」

レイジ「でもでもでも、それだと一回こっきりの取引で終わりじゃないですか!」

レイジ、言いながら、バックパックをママたちに見せつける。

レイジ「ここに、サンプルを持ってきました」

三人「!(距離を取る)」

レイジ「確かめてください。すごいブツですよ。俺とビジネスをしてくれるなら、自分はずっと、極上のこいつをあなたたちに渡せます」

ママ「おまえ。そんなバッグにサンプルを入れてるのか。シールドは厳重にしてあるんだろうね!」

レイジ「一応。金が無かったんで、簡易的なものではありますけど」

サック「そんなもの背負ってるなんて、命知らずもいいとこね」

ビッチ「ママ。私、子供を産めなくなるのは嫌よ?」

レイジ「どうでしょうか! このサンプルを確認してください。そして、あなたのふたりのお嬢さんとは結婚もナニも出来ませんが、自分とビジネスをしてください!」

ママ「……小僧。おまえ、体は本当になんともないのかい?」

レイジ「それって、これから始めるビジネスに何か関係あるんですか?」

ママ「ふん。無いね。全然無い」

レイジ「良かった。ホッとしました」

ママ「じゃあ、違う質問をしよう。そのブツが、本当に、おまえの言うような極上のブツだったとして、どうしてハムダルのピュアたちはそいつの存在を知らないんだ?」

レイジ「……」

ママ「あいつらは、ODAとかODBとか適当な名前をつけちゃ、辺境の惑星の地下資源を勝手に調査する盗っ人だ。鉱石!鉱脈!エネルギー資源! そういうのを勝手に見つけては、片端からその権利を独占する。なのに、どうして、ドーの星のそいつは、無傷で残ってるんだ?」

レイジ「……」

ママ「……」

レイジ「……」

ママ「ビジネスは信頼関係だ。おまえが隠し事するって言うんなら、アタシらもそのブツを捌く手伝いは出来ないね」

三人、立ち去ろうとする。

レイジ「……聖なる祠って言うんです」

ママ「?」

レイジ「神の住む祠。そこは、ドーの星の人間でも、夢見と呼ばれる巫女しか入れない特別な場所。ましてや、よその星の人間は、絶対に、入ってはいけない場所なんです。その祠の一番の奥に、こいつは埋まっているんです」

10 

ハナとパラン、現れる。

ハナ「それは無理です。それだけは、絶対にしてはいけないんです。祠は神である『あなた』の住む家で、人間が勝手に入り込んで良い場所ではないんです」

パラン「でも、ぼくは入りたいんだ」

ハナ「だから無理です」

パラン「でも、ぼくは入りたいんだ」

ハナ「だから無理です」

パラン「でも君は、レイジ君のことを追いかけたいんだろう?」

ハナ「は?」

パラン「ハムダル宇宙大学の教授はね、研究アシスタントをひとり、任命する権利を持っているんだ。それがどういうことかわかるかい? ぼくが、君をアシスタントにすると言えば、ハムダルまでの宇宙船のチケットが貰えるんだ」

ハナ「ちょっと待ってください」

パラン「入星パスも貰える。君が希望するなら、宇宙大学の聴講生にしてあげることも出来る。そうすれば、パイロットは無理としても、レイジ君のように、船外作業員くらいにはなれるかもしれない」

ハナ「ちょっと待ってください! どうしてレイジの名前が出てくるんですか!」

パラン「え? だって君、レイジ君のことが好きなんだろう?」

ハナ「!」

パラン「ほら、顔に出た。ドーの星の人たちは嘘をつけないというのは本当だね」

ハナ「レイジが、そう言ってたんですか?」

パラン「そうだよ。レイジ君がぼくに、『あいつ、俺のことが好きだから、俺の名前出したら絶対言うこと聞いてくれますよ』って」

ハナ「!!!」

パラン「嘘だよー♪ いやいや、ドーの星の人たちは他人を疑わないというのも本当だね。君もドーの星を出て、もう少し広い世界を見た方が良いな」

ハナ「俺はドーの星を愛してます。ドーの星から出て行くなんて有り得ない」

パラン「そう思い込まないと、自分の心が保てないんだろう? でもね、それだって嘘の一種だよ? 君は、他人には嘘をつかないけれど、自分自身には嘘をついてるんだ」

ハナ「いい加減なことを言うな! あなたに俺の何がわかる!」

パラン「ドーの星の人は、夫が何人いても良いし妻が何人いても良い。愛する気持ちに嘘がなければ、家族はどれだけ増えても良い。だから、冬が終わり春が来ると、冬をふたつ越した若者たちは次々と恋をしては結婚する……宴の席で教えてもらったんだ。合ってるよね?」

ハナ「……」

パラン「なのに一人だけ、誰とも恋をせず周りを心配させている男がいる。君だ。ハナ・ドー。あの宴で、君のお母さんのムル・ドーさんから、ぼくはたっぷり相談されたよ」

ハナ「……」

パラン「あ。そうそう。あの時、君は歌の話をしていたよね?」

ハナ「実は、ドーの星には、寂しさを歌った歌がひとつも無いんですよ。どんな人にも必ず愛してくれる人がいて、だから、ドーの星では孤独に苦しむ者はひとりもいない……」

パラン「そういうことに、なってます」

ハナ「まあ、ドーの人間だって、五千人くらいいますからね。ひとりもいない、はさすがに言い過ぎなんじゃないかなって思ってるだけです」

パラン「そう。ひとりもいない、は言い過ぎだ。君がいる。君は寂しい。君は孤独だ。君は苦しんでいる。でも、なぜだろう? ぼくは君をずっと観察をした。君が誰を見ているのか。どんな時に君の声は弾み、どんな時に君の表情は曇るのか」

ハナ「俺はヤン・ドーと結婚するんだ!」

パラン「愛していないのに?」

ハナ「!」

パラン「ほら、また顔に出た。君が愛しているのはレイジ・ドーだ。ヤン・ドーじゃない。ドーの星では、そういう嘘は、ついてはいけないんじゃないのかな?」

ハナ「……」

パラン「さあ深呼吸をしてもう一回考えよう。君は、明日の観光の時、ぼくを祠の中に連れて行く。たったそれだけのことで、君はハムダルに行ける。レイジ君の住むハムダルに。レイジ君の働くハムダルに。ちなみに、ハムダルでは、男が男を好きだって言うのは、ごく普通のことだよ」

ハナ「え」

レイジ「俺、ハムダルに行こうと思うんだ。ハムダルの大学に行って、そして、宇宙の船乗りってやつになりたいんだ」

ハナ「バッカじゃねーの?」

レイジ「おまえは知らないんだよ。宇宙は広いんだぜ? 宇宙は、ドーンの、ドーンの、そのまたドーンって言っても足りないくらい広いんだ!」

ハナ「ふざけんな! おまえの乗ってる宇宙船は、うちのダダルの鶏小屋より小さいくせに!」

パラン「おめでとう、ハナ・ドー。君は今日、自分の心に正直になるという生き方を覚えた。もう惨めったらしく、好きな男に置き去りにされなくていい。さあ、俺を祠の中に連れて行け。夢見の巫女以外、誰も立ち入ることを許されないという祠の一番奥まで連れて行け!」

ハナ「これが、あの夜の宴の終わり、みんなが酒に酔って寝てしまった夜明けに起きたことだ。俺は、ドーのみんなに嘘は付きたくなかった。でも、自分の心にも嘘は付きたくなかった」

パラン「みんなには何にも言わなければ良いんだよ。黙っているだけなら、それは嘘じゃない」

ハナ「でも、そんな風にはならなかった。ふたりきりでこっそり祠に入ったつもりだったのに、ジャーナリストの女がついてきた。パランという学者は彼女を撃った。そして俺にこう言った」

パラン「大丈夫。これは正しい行いだから」

ハナ「ジャーナリストの女の死体をそのままに、俺たちふたりは祠を出た。俺は、この男が、機長も金持ちも、そしてハク・ヴェリチェリも殺すつもりなのだと気がついた」

パラン「大丈夫。これも正しい行いだから」

ハナ「でも! でも、その殺人は行われなかった。なぜなら、俺たちふたりが外に出てきた時、機長も金持ちも、両方既に死んでいたからだ」

パラン「どういうことだろう……ねえ、ハナ。このふたつの死体、どういうことだと思う?」

ハナ「知りません。わかりません」

パラン「でも、祠の中はともかく、外にある死体は誤魔化せないよね」

ハナ「それで俺は、オオノキ叔父やムル母さんやユリ叔母さんに、嘘の話をするしかなくなった。いきなり後ろから頭を殴られて、何も見てない覚えてないって言うしかなくなった!」

11 

キャプ、現れる。

キャプ「宴の翌朝。空はきれいに晴れていた。原住民の娘が、ぼくらをテントまで迎えに来て、開口一番にこう言った」

ライフルを手にしたヤンが現れる。

ヤン「おはようございます。今日は、死ぬには良い日ですね」

キャプ「え?」

ヤン「死ぬには良い日。あれ? ハムダルでは言わないんですか? ドーの星では、お天気が良くて、風が穏やかで、良いことがありそうな日は、朝の挨拶で『死ぬには良い日ですね』って言うんです」

キャプ「ハムダルでは『人間、死んだら終わりだ』って教えられるからね。どんなに天気が良くても、死んだら最悪です」

ヤン「そうなんですか。じゃあ、お客人の方にはこの挨拶は使わないようにします。(リッチとハクとエリが出てきたのを見て、そちらに動く)おはようございます。今日は良い天気です」

エリ「ねえ。この星って、日焼け止めは必要?」

ヤン「はい?」

エリ「UVカット、必要? わかる?」

ヤン「わかりません」

エリ「使えねー」

リッチ「ハクさん。今日はまさに観光日和ですね。辺境の惑星。夢見の巫女しか入れない神秘の祠。レッツ・トラディショナル。しまった。鉄砲はあの娘に預かってもらってたんだ」

ハク「(無視して)パラン先生、おはようございます」

パラン「おはようございます。今日は、死ぬには良い日ですね」

ハク「え?」

パラン「昨日、彼(ハナ)のお母様に教えてもらったんです。ドーの星では、お天気が良くて、風が穏やかで、良いことがありそうな日は、朝の挨拶で『死ぬには良い日ですね』って言うんだそうです。まさに、今日のことかと思いまして」

リッチ「不吉なことを言うな! その前に、馴れ馴れしくハクさんと話すな! 寄付の話、無しにしたっていいんだぞ!」

パラン「これはこれは、申し訳ありません」

キャプ「今更だが、ぼくは本当は、聖なる祠になど行きたくなかった。運命は天気などでは決まらない。運命は、誰と一緒にいるか、で決まる。ぼくは嫌いだった。あのリッチとか言う下品な男が。僕は嫌いだった。あのエリとかいう下品な女が。ぼくは嫌いだった。あのパランとか言う下品なほど卑屈な男が。下品な人間といると、自分の魂が汚れる。でも、今は仕方がない」

ハナ「では皆さん、出発します」

キャプ「下品な人間の一番の特徴は、自分が下品だと知らないことだ。下品だという自覚が無いことだ。しかもバカだ。世の中をなんでも白と黒に分けて話す。あるいは、ゼロと百に分けて話す」

リッチ「(ハクに)レイジくんは良く頑張ってますね。でも、彼はビジターですからね。どんなに頑張ってもビジターはピュアのようには優秀になれないし、金持ちにもなれません」

キャプ「確かに、ピュアには金持ちが多く、ビジターには貧乏な人間が多い。しかし、何事にも例外はある。ぼくの生まれた家は、ピュアの血筋だが貧乏だった。ピュアの専用区にあるピュアのための住宅を購入できないほど貧乏だった。ぼくはビジターたちの集うスラムで暮らしながら、必死で彼らとの交流を絶った。金が無い以上、ぼくの武器はスコアしかない。ビジターの娘と恋などして、自分のスコアを落としたらもうおしまいだ」

ヤン「皆さん、あれが、聖なる祠です」

ハク「わあ。あれが聖なる祠!」

リッチ「(ハクに合わせて)トラディショナルを感じますね」

キャプ「こんなもの、ただの岩の裂け目だ」

エリ「ねえ、ハクさん。まさかとは思うんですけど、名誉ピュアと結婚する最初の女性になろうかなー、なんて思ってます?」

ハク「え?」

リッチ「え?」

エリ「ハクさんのお母さんって、ハムダルで初めての女性大統領じゃないですか。なんで、もしかしたら、そういう『初めて』みたいなのが大好きな家なのかしらと思って。ほら、今、ハムダルでは、ビジターにも人権を!選挙権を!みたいな運動も盛んになってきたじゃないですか。だからこそ、ピュアの象徴であるハクさんが、先頭切って遺伝子はビジターである名誉ピュアの人と結婚したら、すごくセンセーショナルなんじゃないかなって。おっと。私今、初めてジャーナリストっぽい♪」

キャプ「そんなことは許さない」

エリ「つまり、お相手はパラン教授ですね?」

キャプ「そんなことは許さない」

パラン「あのう。ぼくとハナ君は、聖なる祠の裏側もちょっと見学してきます。皆さんは、風をかわせる場所を探して、先にお昼ご飯でも食べていてください。では」

パランとハナ、去る。

ヤン「皆さん。皆さんには、ユリ叔母とムル叔母が作ってくれたお弁当を持ってきています。こちらにどうぞ」

エリ「私はいいや。ダイエットしたいから」

ヤン「え」

エリ「(ハクに)私、パラン先生にも取材しちゃいますね」

エリ、パランを追って去る。

ハク「……」

キャプ「現実社会は、大貧民というトランプ・ゲームに似ている。一度、大貧民に落ちると、奇跡のような手札が来ない限り、ずっと大貧民から抜け出せない。ぼくにとって、その手札はハク・ヴェリチェリだ。ピュアで最高のスコアを持つ大統領の娘。しかも、ぼくと同じ宇宙船に配属。このチャンスを活かせなくてどうする? もちろん、こんな考えが下品だということは分かっている。ぼくは、きちんと自覚をしている。自覚した上で下品なことを考えているぼくは下品ではない。バカでもない。だが、そんなぼくの人生を、無自覚で下品なバカが台無しにした」

リッチ「あ」

一同「?」

リッチ「あ」

一同「?」

リッチ「ああ!」

ハク「どうか、されましたか?」

リッチ「実は自分、手首の内側に、めっちゃ高価で最新式の多機能ブレスレットというものを装着しているのですが、これが、急にブルブルと震え始めまして」

一同「え?」

リッチ「こいつは高価で最新式で多機能なので、震え方でいろんなシグナルを伝えてくれるんです。ここに鉄鉱石が埋まっているよ、なら、ブッブー。ここにダイヤモンドが埋まっているよ、ならブブッブー。ここに石油が埋まっているよ、ならブーブブー。でも、今は違います。一番、特殊で、一番ヤバくて、一番金になるものが、ここに埋まってます! うおー!ハクさん! 神様は、自分たちに、最高の結婚プレゼントをくれましたよ! この発見で、自分たちは宇宙で一番のリッチな夫婦になれるかもしれません!」

ハク「え? 何が埋まってるんですか?」

リッチ「あ、ハクさん。なるべく速やかにここから離れましょう。ここは体にはめちゃくちゃ悪い場所ですよ。すぐにどうということはありませんが、長時間いると身体中のいろんなところが壊れてきます」

キャプ「もったいをつけずにさっさと言いたまえ。ここには、何が埋まっているんですか?」

リッチ「原子番号は94。元素記号は Pu」

一同「?」

リッチ「核融合発電の原料であり、ワープ航法を使う宇宙船のメイン・エンジンの燃料であり、核兵器の原料でもある、プルトニウムです」

一同「!」

リッチ「さあ、忙しくなるぞ。まずはハムダル本星に連絡して、うちの発掘チームを呼ばなければ!」

リッチ、行こうとして、突然現れたレイジとぶつかる。

ヤン「兄貴」

ハク「レイジ」

レイジ「ども」

キャプ「レイジ君」

レイジ「調べてみたら、計器類が壊れてただけでエンジン関係は無事だったんです。それで、ちょっとこっちのことが気になったんで、こっそり付いて来てしまいました」

リッチ「ビジターの船外作業員が何をサボってるんだ! どけ!」

リッチ、行こうとする。

レイジ「まあまあまあ(と押し戻す)」

リッチ「何だよ!」

レイジ「リッチさん。今、既にお金持ちですよね。ぶっちゃけ、一生かかっても使いきれないほどのお金持ちですよね。今更、もっとお金持ちになる必要、ありますか?」

リッチ「リッチっていうのはステータスなんだよ。リッチであればあるほど、オンリーワンのリッチになれるんだ」

レイジ「でも、リッチさんがここでお金儲けを始めると、ドーの星はたぶん無茶苦茶になってしまうと思うんですよ。たくさんのよそ者が移住してきて、経済ってやつが生まれて、金持ちとか貧乏とかの格差が生まれて、金のために人のことを出し抜いたり騙したりするやつが出てきて、美しい人の心ってやつはあっという間に無くなってしまうと思うんです。そういう星、これまでもたくさんあったじゃないですか」

リッチ「そんなこと、俺が知るか。世界は弱肉強食。強い者がよりリッチになり、そして美しい花嫁をゲット出来るんだ」

レイジ「こうして頭を下げてもダメですか? ドーの星のことは忘れてくださいと、こうして頭を下げてもダメですか?」

リッチ「ダメだ。世界は弱肉強食。強い者がよりリッチになり、そして美しい花嫁をゲット出来るんだ!」

次の瞬間、レイジ、リッチを撃つ。リッチ、即死する。

一同「!」

レイジ「(倒れているリッチに)じゃあこれも、弱肉強食ってことですよね」

ヤン「兄貴!」

ハク「レイジ! あなた、自分が今何をしたかわかってるの? ピュアを撃ったのよ? ハムダル政府は、ピュアに危害を加えた人間のことを絶対に許さ(ない)」

レイジ、振り向きざま、キャプを撃つ。

が、キャプ、横っ飛びに避けると、そのままハクを盾にし、ハクの喉にナイフを突きつける。

レイジ「!」

ハク「!」

キャプ「レイジ・ドー。銃を捨てろ。捨てないと、この女の首を切り裂くぞ」

ハク「キャプテン!」

レイジ「キャプテン・キャプ。その行動は意味がわかりません」

キャプ「そうかな。なら、レイジ君。彼女もぼくも、ふたりとも撃てばいいじゃないか」

ハク「え」

キャプ「出来る? 出来ないよね? ぼくはとっくに気付いてたよ。君はハク・ヴェリチェリが好きだ。ハク・ヴェリチェリも多分君が好きなんだろうな」

ヤン「え」

レイジ「……」

ハク「……」

キャプ「ぼくは大人だからね。ハク君がぼくと結婚し、次のピュアのリーダーとなるハイ・スコアの子どもを産んでくれた後なら、君と彼女がこっそり付き合っても知らんふりをしてあげようとすら思ってたんだよ」

ハク「あなたとは絶対結婚しません」

キャプ「勝手にするがいい。人間、死んだら終わりだ。逆に、生きていれば、また別のチャンスがある。で、レイジ君。君はどうするのかな? その銃を捨てなければ、ぼくはハク・ヴェリチェリの喉を切り裂くよ」

レイジ「銃を捨てたら、どうなりますか? キャプテンは、聖なる祠に埋まっているプルトニウムのこと、忘れてくれますか?」

キャプ「俺が忘れると約束をしたら、君は銃を捨ててくれるのかな? 銃を捨てて、リッチ・カーオを殺した犯人として自首してくれるのかな?」

ヤン「ちょっと待って。そしたら兄貴はどうなるの?」

キャプ「自首をすれば、そのまま逮捕される。そして裁判にかけられる」

ヤン「裁判の後、どうなるの?」

キャプ「死刑、だろうね」

ヤン「え」

キャプ「それは仕方ないよ。だって、ビジターのくせに、貴重なハムダル・ピュアを殺したんだ」

ハク「レイジ。自首なんかしちゃダメ」

キャプ「おいおい! それでも大統領の娘かよ! レイジ君が自首をしないなら、君の首を切り裂くよ」

レイジ「ハクさん。俺、死刑は怖くないんです」

ハク「え」

ヤン「兄貴?」

レイジ「ごめんよ、ヤン。そして、ごめんなさい、ハクさん。俺、どっちみち、あと一年か二年で死ぬんです」

ハク「え」

ヤン「え」

レイジ「俺、実は、夢見の巫女でも無いのに、何度もこの聖なる祠の中に入って、プルトニウム鉱石を持ち出しては、ハムダルの闇マーケットで売ってたんだ。そうやって稼いだ金で、実はこっそり、このあたりの土地の登記……ヤンは知らないよな、登記とか。あるんだよ、ハムダルにはそういう面倒くさい法律が。そういう登記ってやつをしていって、いつかハムダルの連中にここの鉱脈のことを知られても、きちんと法律を盾にしてここを守りたいって考えてたんだ」

ハク「レイジ……どうしてそこまで?」

レイジ「それが、俺のオフクロの遺言だから」

ハク「え」

ヤン「え」

レイジ「俺のオフクロは夢見の巫女だった。夢見の巫女は、神様に早く召されるって言われてたけど、そりゃ当たり前だよ。だってプルトニウムの放射能のど真ん中に入っていくんだから。ハムダル年で20年前、その時もハムダルの調査隊がやってきて、聖なる祠も調べたいとか言い出して、この祠が金になると気がつかれて、それでオフクロはその調査隊の男を殺した。色仕掛けでその男を自分の寝所に誘って、そいつとやって、そいつが満足して寝た隙に包丁でそいつをグッサーって刺し殺した。その時に出来た子どもが俺だ。俺は、ドーの星とハムダルのハーフなんだ」

ヤン「兄貴!」

レイジ「オフクロには、ドーにちゃんと愛する男がいた。でも、先に俺のことを産んでしまった。ドーの星で初めての殺人犯。それが俺のオフクロだ。ドーの星で初めて、ハムダル人の子どもを産んだ女。それも俺のオフクロだ。俺が冬を一度越えた時、、口の軽い俺の叔母さんからその事実を知った。俺はオフクロに訊いたよ。『なあ、オフクロ。オフクロは俺のことが憎くはないのかい? 俺のことを見てたら、嫌な過去ばっかり思い出すんじゃないのかい?』そしたら、俺のオフクロは笑ってこう言ったんだ。『バカなことを言うんじゃ無いよ、レイジ。あんたは私の可愛い息子だ。それ以上でも無いしそれ以下でも無い。もしあんたも私を愛しい母さんだと思ってくれるなら、どうかレイジ。どうかレイジ! 私の愛だけは疑わないでね』って」

ハク「……」

ヤン「……」

レイジ「どうですか? 格好良くないですか? この星で一番、美しくて格好良くて最高に優しいオフクロは、でも、ヤンを産んですぐに死にました。ヤンと、このドーの星をよろしくね、レイジ。それが、オフクロの最期の言葉でした。だから俺は。だから俺は! この星を、絶対にハムダル人にめちゃくちゃさせたりはしないんだ!」

ハク「……」

ヤン「……」

キャプ「わかった。取引に応じる」

レイジ「!」

キャプ「ぼくは、臨機応変がモットーだ。君の気持ちは理解した。君は銃を捨てて自首をする。ぼくはこの聖なる祠のことを忘れる。あ、ついでに、君が死ぬまでの間、君とハク・ヴェリチェリがどんな関係になっても感知しないというのも付け加えよう。その代わり、君が死んだら、ハク君はぼくと結婚すると約束をして欲しいけれど」

レイジ「……」

ハク「結婚します。だから、レイジのことは見逃してください」

キャプ「え?」

ハク「あと一年か二年の命なら、裁判なんて無意味じゃないですか。リッチさんは銃が暴発して死んだことにして、レイジのことは見逃してください。それを約束してくれるなら、私はあなたと結婚します」

レイジ「ハクさん。そこまでしてくれなくて大丈夫です」

ハク「どうせ同じことだから」

レイジ「え」

ハク「私はピュアと結婚するのが義務。なら、相手は誰でも同じだから。誰と結婚したって、それは、レイジ・ドーじゃないんだから」

レイジ「……」

キャプ「よし。全員の合意が得られたね。じゃあ、レイジ君。その銃を捨てよう」

レイジ、銃を捨てる。

キャプ「それを、こっちに蹴って」

レイジ、銃を蹴る。

キャプ、ハクを離し、銃を拾う。

ハク「レイジ!」

レイジ「ハクさん。俺……」

ヤン「兄貴!」

レイジ「?」

銃を拾ったキャプ、それをレイジに向ける。

キャプ「今、気が付いたんだけど、ぼくがそこまでハク・ヴェリチェリとの結婚にこだわっていたのは、ぼくが実は貧乏だからだった」

ハク「え」

キャプ「このプルトニウム鉱脈を金に換えれば、ぼくはリッチ・カーオよりリッチになれるかもしれない。なら、ぼくのことを愛していない女と無理に結婚する必要もないよね?」

レイジ「……」

キャプ「ピュア殺しの悪人を射殺したらぼくはハムダルではヒーローだ。金と名誉が両方いっぺんに手に入る。さっきの君の提案より、ずっと魅力的だよね?」

レイジ「そういうの下品ですよ、キャプ」

キャプ「いや、下品じゃない。下品なことをしているとぼくは自覚しているからぼくは下品じゃない」

ハク「キャプ! 私はあなたと結婚します!」

キャプ「自惚れてんじゃねえぞ、ドブス! おまえなんかただの踏み台なんだよ! さあ、レイジ、覚悟しろ」

レイジ「!」

キャプ「あの世で、ママにごめんて言うんだな」

銃声。

キャプ「!」

ハク「!」

レイジ「?」

キャプ、ゆっくりと倒れる。撃ったのは、ヤンだった。

レイジ「え……ヤン?」

ヤン「だって……兄貴を撃つって言うから」

レイジ「ヤン!」

ヤン「兄貴を撃つって言うから!」

レイジ、ヤンを抱きしめる。

ママ、現れる。

ママ「レイジは人を殺した。ヤンも人を殺した。でも、それの何が悪い。愛する家族を守るために、敵を殺して何が悪い! ハク・ヴェリチェリは二人を宇宙船まで連れて行き、三人で宇宙に飛び立った。その宇宙船からどうしてレイジとハクが消えたのか、それはまた、別の話だ。同じ頃、ハナ・ドーとパラン・エフは、聖なる祠の最奥で、もう一つのドーの星の秘密を目撃した」

ハナとパラン、現れる。

ハナ「それは、絵と文字、だった。赤黒い岩盤に、白い顔料で描かれた絵。人がいて。草木があり。広場があり。遠くには海らしきものがあり。それらの周囲には、俺が見たこともない不思議な文字がびっしりと描き込まれていた」

パラン「これは、古代ハムダル文字だ。これと全く同じ文字が、ハムダルの首都リグラブの、聖なる広場のレリーフにも書かれている。さあ、ここで問題だ。ワープ航法を持たないこの未開の辺境の惑星に、なぜ、ハムダル本星と同じ文字が書かれたんだ? それも、はるか昔に」

ハナ「わからない」

パラン「わかるさ。わかる。きちんと考えればわかる。そしてわかれば、ハナ・ドー。俺とおまえは同志になれる。ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ。ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ」

ハナ「そんなのは嫌だ! 俺は誰も殺したくない!」

ママ「それから二ヶ月後。ハムダルにやってきた最後の春。アタシは、まっ昼間から行きつけの居酒屋で、人生で最後の一杯になるかもしれない酒を飲んだ。それから、108の惑星文字で書かれた看板たちを眺めながら、北の外れにある『クラッシュの塔』まで歩いて行った。そして、クソックソッと言いながら、アタシはあの日、クラッシュの塔に登った。。夕方で、気持ちの良い風が吹いていた。空は、綺麗な夕焼けだった。そして、塔の上には、小娘がひとり、立っていた。おまえ、名前は?」

ヤン「ヤン。ヤン・ドー」

ママ「その石器時代みたいな古臭い武器で、人が殺せるのかい?」

ヤン「殺せます。一度、証明済みです」

ハナ「ヤン……ヤン!」

    ビッチとサックが現れる。

サック「ママ。りんごが皿に乗りました」

ビッチ「あと、栗、ポケットに入れておきました」

そして、サラ、現れる。

サラ「ハムダル星に暮らす全ての星民の皆さん。今日は皆さんに、ご報告しなければならないことがあります。ハムダル星は一年後に消滅します!」

ママ「OK。ヤン・ドー。じゃあ、おまえを信用して、新しい物語を始めようか」

ヤン、ライフルを構える。

ハナ「ヤン!」

方舟のテーマ曲、始まる。

ママ「宇宙船からどうしてレイジとハクが消えたのか。祠の奥の古代ハムダル文字とはなんだったのか。そして、どうしてヤン・ドーがサラ・ヴェリチェリを狙撃することになるのか……それはまた、別の話だ」

「辺境の惑星」 終。