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戯曲「9999の正義」

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1 

ハナ「人の寿命から見れば遥かな未来。宇宙からすればほんの瞬きにも満たない程度の未来。俺は、故郷の星系から遠く離れたとある星を……およそ命というもののほとんど存在しない氷の惑星を、ひとり、老いぼれた体を引きずるようにして訪ねることになるだろう。赤道付近にある無人の宇宙ポートに俺は降りる。管理責任者は『ノア』という名のAIで、AIのくせにやけに人懐っこく俺に話しかけるだろう」

ノア「ようこそ。ようこそミスター。嬉しいです。あなたは10年ぶりの訪問者です」

ハナ「入星審査のゲートとか、手荷物のスキャン・システムとかは無いのですか?」

ノア「ありません。10年にひとりしか訪問者がいないのに、そんなシステム、経費の無駄でしょう? まあ、そういう意味では私の存在も経費の無駄遣いですけれどね」

ハナ「ノアというAIはそう言って陽気に笑う。俺は小さく肩をすくめ『来たくて来たわけじゃないんですよ』とわざわざAIに説明をする。『来たくて来たわけじゃない。ただ、私は、知らなければならないんだ。知らなければ、前に進めない。そういう呪いをかけられているんです』」

ノア「なるほど」

ハナ「何も理解していないはずなのに、そのAIは『なるほど』と言う」

ノア「では、あなたの旅が有意義なものになるよう、私も祈ることにいたしましょう」

ハナ「それから俺は、ロビーの外に停めてある、ひとり乗りの氷雪面専用バギーを一台借りるだろう」

ノア「目的地までナビゲーションが誘導します。現地に着いたら、カードをかざしてロックを解除してください」

カシャンというカードが出てくる音。

ハナ「(読む)ビジター用カード……なるほど。確かに、私はこの星ではビジターだ。いや、『この星でもビジターだ』と言うべきかな」

ノア「では、お気をつけて」

ノア、消える。

ハナ「それから俺はひとり、北に向かって1キロメードほど移動をするだろう。その氷の惑星には『色彩』というものが無い。空は一面、分厚い灰色の雲。大地も全て、分厚く濁った灰色の氷雪。夏でも氷点下40度までしか気温は上がらず、冬にはそれが氷点下百度以下まで下がる。風はまったく吹かず、そのせいで景色の変化も無い。音も無い。その無音の灰色の景色の中を走っているとまるで……まるで、時間という概念が、人間のただの勘違いに思えてくる」

ナビ「目的地に到着しました」

ハナ「唐突に、氷雪面の下から、2メード2メードの漆黒の立方体が現れる。エレベーター。乗り込む。内部にはコントロール・パネルも、階数表示も、非常ボタンも無い。体が一瞬軽くなり、エレベーターは地下深く降りていく。深く、深く、降りていく。俺は知っている。やがてエレベーターが停止した時、俺は、この星に存在する唯一の命と対面をするだろう」

地下の牢獄に、鎖に繋がれた老婆(ママ)が現れる。

ハナ「ママ……」

ママ「……」

ハナ「ママ……ママ!」

ママ「……」

ハナ「俺の正面に、彼女はいるだろう。太い鈍色の鎖で両手両足を壁に繋がれ、彼女はペタンと銀色の床に座っているだろう。俺の声は聞こえているはずなのに、顔をあげようともしないだろう。俺は彼女の側に行きたいが、すぐ外に透明の硬化ガラスで立ち塞がり、俺はエレベーターから降りることすら出来ない。『ママ!』」

ノア「面会時間は5分です」

ハナ「待ってくれ。この人の話を聞くために、俺は気が遠くなるほど遠い距離を旅してきたんだ! とてもじゃないが5分じゃ無理だ!」

ノア「面会時間は5分です」

ハナ「ママ! 俺だよ! わかるだろう? さあ、顔をあげて俺を見てくれ」

ママ「(小さく笑う)」

ハナ「!」

ママ「気安くママなんて呼ぶんじゃないよ。アタシには娘はたくさんいたけど、息子はひとりもいないんだ。男ってやつは、普段は威張っているくせに、いざって時には役に立たないポンコツばかりだからね」

ハナ「ママ! 俺は本当のことが知りたいんだ! 真実ってやつだよ。俺は、彼女の真実を知りたいんだ!」

ママ「見返りはなんだい?」

ハナ「見返り?」

ママ「当たり前じゃないか。見返りも無しに、アタシに昔を思い出させようって言うのかい?」

大勢の民の声がさざ波のように響いてくる。

「ノアを許すな」「ノアを殺せ」

「ノアを許すな!」「ノアを殺せ!」

「ノアを許すな!!」「ノア・クムを殺せ!!」

ロウとコーエに守られ、逃げてくるノア。

背後からシード。そのシードを止めようとするコーエ。

ロウ「ノア様! こちらです!」

ノア「ゴフェルは?」

ロウ「ゴフェルのことは忘れてください」

ノア「(耳に付けた無線機で)ゴフェル! ゴフェル! あなたはもう戦わなくていい! 船に! 早く船……」

ノアとロウの行く手に、男たち。

彼らがノアに襲いかかるのを、なんとかロウが引き離す。

と、その間に、シードはコーエを倒し、ノアに迫る。

逃げようとするノアを蹴り倒し、ノアの額に銃を突きつけるシード。

ロウ「やめろ!」

シード「どうして? この銃を私のポケットに入れたのはおまえらだ」

ロウ、男を倒し、シードに向かって銃を撃つ。

が、カチカチという音がするだけで弾は出ない。

シード「おまえの銃は、もうとっくに弾切れだ。なぜだか教えてやろうか? 撃ったからだ。友達を……俺の友達を何人も何人も撃ったからだ!(ノアを撃とうとする)」

ロウ「ああ、そうだ! 俺はたくさんの人を撃った! だから、おまえはまず俺を撃て」

シード「リク・ソンムは死んだ」

ロウ「そうだ。俺が殺した」

シード「ハルキ・ぺザンは行方不明だ」

ロウ「そうだ。俺がやつを地下深くに埋めた」

シード「イェン・ダナはもう永遠に目が見えない」

ロウ「そうだ。俺が警棒を振り下ろした。この手で。彼女の顔に。だから撃て」

シード「……」

ロウ「その人より前に、まず俺を撃て」

シード「……」

別空間に、サラが現れる。

サラ「ハムダル星に暮らす全ての星民の皆さん。今日は、私の話を聞くために、この『聖なる広場』に集まってくれてありがとう。今日は皆さんに、ご報告しなければならないことがあります」

ロウ「友達を殺した俺から撃て」

サラ「ハムダル星は、一年後に消滅します」

シード、ロウを撃つ。

ママ「その時、運命は、三人の女の手に握られていた。

 ひとりは、アタシが殺そうとした女であり、

ひとりは、アタシを殺そうとした女であり、

ひとりは、その両方だった。

ひとりは、ピュアであり、

ひとりは、ビジターであり、

ひとりは、その両方だった。

三人とも、心に異なる正義を持っていた。

さて、あんたは、どの女の話から聞きたいかね?」

2 

ノアとゴフェル。

ノア「私は知っている。私の父は、ひとりになると小声で、『みんな、バカばっかりだ』と呟いていた。私は知っている。私の母は、ひとりになると小声で、『あんな人、死ねばいいのに』と呟いていた。それで私は、ひとりきりで仕事をする時、こう呟くのが癖になった。『みんな、死ねばいいのに』」

と、エリが部屋に入っている。

ノア「みんな、死ねばいいのに」

エリ「……」

ノア「みんな、死ねばいいのに」

エリ「……」

ノア「みんな、死ねばいいのに」

エリ「ねえ。その『みんな』に、私は入ってるの?」

ノア「ただの口癖よ。意味なんか無い」

ゴフェル「ただの口癖で意味は無い。理解しました」

エリ「でも、みんなはみんなでしょう? エブリバディ。エブリワン」

ノア「そうね。じゃあ、あなたも入っているわね」

エリ「冷た!」

ノア「そんなことは無いわよ。ただ……」

エリ「ただ?」

ノア「あまり、興味が無いだけ」

ゴフェル「興味が無いだけ。理解しました」

エリ「実の、妹よ?」

ノア「……」

エリ「実の妹が、行方不明なのよ?」

ノア「行方不明なのはあなただけじゃないし、この星的には、あなたより、ハク・ヴェリチェリが行方不明な方が大問題なのよ。まあ、そのことにも、私は特に興味はないけれど」

エリ「どうして?」

ノア「どうしてかしら」

エリ「他人に興味が無いあなたが、どうしてこんな仕事をしているの?」

ノア「仕事だからよ」

エリ「答えになってない」

ノア「メディアには、何も答えない主義なの」

エリ「フォー・ナインって、どういう意味?」

ノア「……」

エリ「お姉ちゃん?」

ノア「メディアには、何も答えない主義なの」

エリ「今は、家族として質問してるわ」

ノア「私は、家族を信じない。だから、答えない」

ゴフェル「あなたは、家族を信じない。ノア・クムは、家族という概念を信じない。記録しますか?」

ノア「記録は要らない。ただの独り言」

ゴフェル「ただの独り言。理解しました」

ノア「ありがとう」

エリ「お姉ちゃんが死ねばいいのに」

ゴフェル「生体反応検知。一名、時速4.2kmでこの部屋に近づいています」

エリ「私かしら!」

ノア「……」

エリ「お姉ちゃん。今、期待した? 行方不明だった私が、奇跡が起きて無事に帰ってきたんじゃないかって期待した?」

ゴフェル「虹彩と骨格を確認。来訪者はサラ・ヴェリチェリです」

ノア「大統領なら、ひとりきりということは無いでしょう」

ゴフェル「生体反応は一名。虹彩と骨格を確認。来訪者はサラ・ヴェリチェリです」

ノア「……」

サラが現れる。

サラ「んばあ」

ノア「どうされたんですか? こんな時間に。護衛も付けずに」

サラ「んー。なんとなく、気分? ほら、毎日毎日たくさんの人に囲まれてると、人酔いっていうか、人疲れっていうか、そういう状態になっちゃうじゃない? 私はまあまあ鈍感力が強い方だと思うけど、それでも時々『あ、ダメ。今、ちょっとストレス』とか思う時もあるのよ」

ゴフェル「私は席を外しますか?」

サラ「あら。もしかして」

ノア「ゴフェルです」

サラ「賢いのね。こちらが命令しなくても、あれが出来るのね。なんだっけ。最近、歳で、すぐに言葉が出てこなくなるのよ。ええと。ほら、あれよ。ええと」

ゴフェル「忖度」

サラ「そう、それ! 賢いのね」

ノア「もうすぐ誰よりも賢くなります」

サラ「あなたより?」

ノア「私は愚か者ですよ。唯一の肉親である妹が行方不明なのに、あなたに頼まれた仕事を優先しています」

エリ「イエス!」

サラ「私だってそうよ。私は娘が行方不明なのよ? 差別するわけじゃ無いけれど、妹より娘の方が親い(ちかしい)のよ? 兄弟は二親等だけど実の娘は一親等なんだから」

ノア「その割には、落ち着いていらっしゃいますね」

サラ「あなたより?」

ノア「同じくらいですかね」

サラ「(笑う)」

ノア「どうして笑うんですか?」

サラ「どうしてかしら。(ゴフェルに)あなた。どうしてだと思う?」

ゴフェル「人は、感情を隠蔽したり事実をうやむやにしたいときに、笑うという方法を取る場合が多いようです」

サラ「賢いのね!」

ノア「で、本日のご用件は?」

サラ「計画の進捗状況を聞きたくて。ノア計画。コードネーム、フォーナイン」

ノア「大勢を助けようと思うと、ひとりも助からない確率が上昇します。絶滅を避けることを優先すると、リストは厳選することになります。つまり、ほとんどの人は助からない(と、シミュレーションの画面をサラに見せる)」

サラ「……こんなに少ないの?」

エリ「(勝手に覗き込み)何これ」

ノア「多いとか少ないとかは人の感情の問題です。それは、私の業務の範囲ではありません」

エリ「何よこれ!」

サラ「あなたを選んで良かったわ。こういう仕事は、自分が英雄になりたい人には向いてないから」

ノア「あなたはどちらですか?」

サラ「どちらって?」

ノア「英雄になりたいですか? それとも、ただ、死にたくない?」

サラ「(ゴフェルに)あなたは、どっちだと思う?」

ゴフェル「大統領の体温と脈拍に変化がありませんので、そのどちらでもないと思います」

サラ「賢いのね!」

ノア「で、本日の本当のご用件は?」

サラ、持参してきた書類をノアに出す。

サラ「何も聞かずに、ひとり、そのリストに加えて欲しいの」

ノア「(書類を見て)シード・グリン……この子、ビジターですけど?」

サラ「何も、聞かずに」

サラ、去る。

ノア「(もう一度書類を見る)シード・グリン。本日から、ハムダル宇宙大学の外部聴講生……」

3 

シードと大学生たちが現れる。

シード「自己紹介させていただきます。ええと、ええと、聴講生制度って倍率けっこう高いって聞いてたんでまさか自分が通るとは思ってなくて、今、マジで動揺してます。あ、自分で応募しておいて動揺してるっていうのも変なんですけど、でもでもでも、私、勉強?的なこと?を子供の頃からほとんどしたことがなくて、なのでもちろん全然得意じゃなくて、それはそもそも父親が……あ、父親はハーデ橋、あ、皆さん、ハーデ橋はご存知ですよね? リグラブの街の西側を流れるハドゥン川にかかってるでっかい橋です。そのハーデ橋を渡って更にちょっと行ったところにあるまあまあでっかい農場でお百姓さんをやっておりまして、で、その父親がひとり娘の私にですね、『人間、最後は体力だ』『勉強する暇があるなら筋トレをしろ』『そして、俺の畑仕事の手伝いをしろ』この三つが口癖でして、それで私は6歳の時から……」

教授が咳払いをしながら現れる。

教授「君。君」

シード「はい」

×  ×  ×

ノア、立ち上がる。

ノア「ゴフェル。出かけます」

ノア、ゴフェル、去る。別方向に、エリも消える。

入れ替わりで学生たちが現れる。

×  ×  ×

教授「聴講生は君だけじゃないんだ。もう少しコンパクトな自己紹介は出来んのかね?」

シード「コンパクト。コンパクトですね。コンパクトとは何でしょう?」

ハルキ「(小声で)まず名前を言おう」

シード「シード・グリンです」

イェン「(小声で)年齢も言おう」

シード「17歳です」

リク「(小声で)聴講生として授業に参加出来て嬉しいです。よろしくお願いします」

シード「え? リクさんも聴講生だったんですか?」

リク「え? 違うよ。俺はちゃんと受験したから」

モネ「(小声で)嬉しいですってシードさんが言えばいいんですよ」

シード「私が?」

教授「君。君! なぜ、私の授業を聴きたいと思ったのかね?」

シード「あー。それはですね。私、六歳から父の畑仕事を手伝っていて、で、あの、野菜ですね。野菜を7種類ほど作ってるんですが、そのうち、その採れた野菜をリグラブのダウンタウンのレストランやバーに配達するのも私の仕事になりまして。というのも父は人混みが苦手で、『リグラブの繁華街は人が多すぎる。嫌だー。行きたくなーい』とかすぐわがままを言うものですから、それでまあ、私が無免許運転でもOK? OK! みたいな会話がありまして、私は私で、小さい頃から父のトラックを運転してみたいなーという気持ちがずっとあったものですから、それでウィンウィン?みたいなことになりまして、それで」

教授「シード・グリン君。だからもう少しコンパクトにはならないのかね?」

シード「コンパクト。コンパクトですね。コンパクトとは何でしょう?」

学生たちが、コンパクトをジェスチャーで表現する。

シード「?」

教授「なぜ、私の授業を聴きたいと思ったのかね? 君が、学問に興味を持ったきっかけはなんだね」

シード「きっかけは、ハルキ・ペザンです」

教授「は?」

ハルキ「俺?」

シード「リグラブまで毎週野菜を配達しているうちに「タング」っていうバルの店主に声を掛けられまして、週に何日か、そこのお店でアルバイトをするようになりまして、あ、先生はいらしたことないですか? この教養学部のキャンパスから歩いて五分くらいで、お酒もお料理もめっちゃリーズナブルなので、貧乏なビジターの大学生たちがそれはそれはたくさん来てまして、で、その中のひとりがここにいるハルキ・ペザンなんですけど、ある日この彼がお店で食い逃げをしやがりまして」

ハルキ「え? してません」

シード「したじゃん」

ハルキ「してません」

シード「したじゃん」

ハルキ「あれは、ただ、ご飯を食べたけどお金が無かったっていうだけで、逃げてはいない」

教授「もう良い。次の人」

シード「え……(ショック)」

別空間にママとサラ。

ママ「『ハムダル』というのは、古代ハムダル語で『宇宙の中心』という意味だそうだ。自分たちが宇宙の中心。これが、ハムダル人たちの基本的な考え方だ。だから、ハムダルを『本星』と呼び、その他の星を『辺境の惑星』と呼ぶ」

サラ「辺境の惑星の皆さん、こんにちは」

ママ「ハムダル人たちは宇宙船に乗り、辺境の惑星をひとつひとつ訪問し始めた」

サラ「皆さんは、私たちより科学の力において、2万年以上遅れた未熟な種です。でも大丈夫。私たちは、この宇宙で唯一、時空の歪みを利用したワープ航法を会得しております。これからは、その私たちの科学の力を、ぜひ皆さんにも利用していただけたらと思っています」

ママ「そう言って、ハムダル人たちは、辺境の惑星に次々と宇宙ポートを作っていった」

サラ「ここは港です。港があれば、貿易が出来ます。皆さんは、自分の星にいながら、遥か彼方何十光年も何百光年も離れた星の品物を買うことが出来ますよ。幸せですね」

ママ「ハムダル通貨を勝手に『宇宙基軸通貨』と定め、良い物を安く買い叩き、それを他所の星で高く売った。その上、全ての星の地下資源を勝手に調査し、片端からその権利を独占した。結果、ハムダルだけが金持ちになり、その他の星はすべて貧乏になった」

サラ「皆さん。お金がもっと欲しい方は、私たちハムダル本星に出稼ぎに来ませんか? ハムダルは、美しい海があり、美しい四季の営みがあり、とても暮らしやすい星ですよ」

ママ「ハムダル人は辺境の惑星から労働者を仕入れ始めた。ハムダル人は彼らをビジターと呼び、格安の賃金で、単純労働や危険な仕事、汚い仕事、人気の無い仕事に彼らをこき使った」

サラ「皆さん。勉強して私たちのように賢くなりたい方は、ハムダル宇宙大学を受験しませんか?」

ママ「ハムダル人の最も強い武器は、科学力だった」

サラ「ハムダル宇宙大学では、政治経済法律医学から量子物理マクロ宇宙理論そして最新のワープ航法まで、宇宙で最も高度な教育を受けることが出来ますよ」

ママ「優秀な若者ほど、辺境の惑星を飛び出してハムダルに行くようになった。ハムダル宇宙大学。そこは元々は神殿として使われていた重厚かつ荘厳な建物で、その正門左右の石柱には、アファルべと呼ばれる古代ハムダル文字でこう彫られていた」

サラ「知こそが最強の矛である」

ママ「知こそが最後の盾である」

4 

元気なく、自分の家に帰ってくるシード。

シード「あー、どうしよ……聴講生クビになっちゃったら……(家の中に向かって)ただいま」

誰も返事をしない。

シード「あれ? パパ? ただいま! パパ?」

と、突然、物陰から、父親のソイル、奇声と共に飛び出してくる。

いきなり始まる、父と娘のアクションの稽古。

ソイル「あちゃ! とりゃ! そりゃ! うりゃ!」

シード「わ! やめて! 危な! このクソ親父!(など)」

やがて、ソイルがシードをぶっ飛ばし、勝利の雄叫びを上げる。

ソイル「ビクトリー!!!」

シード「俺、まじで家出しようかな」

ソイル「どうして?」

シード「どうして? それはな、いつもこうして不意打ちしてくる暴力親父にいい加減ウンザ……!」

ソイル、またシードを襲う。

ソイル「あちゃ! とりゃ! そりゃ! うりゃ!」

シード「あ! た! わ! ぐは!(ぶっ飛ばされる)」

ソイル「暴力ではない。稽古と言え」

シード「稽古、要らない」

ソイル「バカもん! 日々の稽古と鍛錬があってこそ、非常の時にその力が発揮されるんだぞ!」

シード「非常の時ってなんだよ」

ソイル「え? それはほら。痴漢に遭ったとか……デートの時に相手が急に狼になっておまえを押し倒そうとしたり……」

と、突然、今度はシードの方からソイルを襲う。

シード「アオ! アオ! アオ! アオーン!(とソイルをぶっ飛ばす)」

ソイル「!!!」

シード「そういうことなら大丈夫。もう、今の技術で十分対処出来るから」

ソイル「それにそれに、ほら。おまえが最近夢中になってる例のあれ」

シード「あれ?」

ソイル「デモ! デモ!デモ!デモ! ああいうデモ?みたいなことをしてると、時には危ない目に遭うことだってあるだろう?」

シード「ないよ。宇宙大学の皆さんは、高度文明社会の人間らしく、それはそれはきちんとルールに則ってデモをしてるんだから。受け売りだけど」

ソイル「デモにルールがあるのか?」

シード「あるよ。暴力行為は禁止。交通ルールも守る。時間も限定。秩序正しく紳士的淑女的デモなんだから。受け売りだけど」

ソイル「ほー」

と、遠くから警報が鳴り出したのが聞こえる。

ソイル「あれ? あれ?」

ソイル、様子を見にいく。

×  ×  ×

別空間に警察隊が現れる。

×  ×  ×

ソイル、すぐに戻ってくる。

ソイル「シード、手伝ってくれ! また、アクリル野菜ハウスの空調が壊れた」

シード「えー! 私、これからデモなのに!」

ソイル「電装系のことは俺にはわからんのだ! 野菜が全部枯れちまったら、我が家は破産だぞ!」

シード「でも、デモが」

ソイル「何のためにおまえを大学までやってると思ってるんだ! さっさと直せ!(と言いながら、シードを袖に引き摺り込もうとする)」

シード「ちょっと待てよ。俺はただの聴講生だし、授業も今日が初め(てだし)」

ソイルとシード、去る。

5 

学生たちを中心にしたデモ隊が「ビジター差別反対!」「ビジターにも選挙権を認めろ!」のプラカードを手にしながら現れる。

リク「ビジター差別反対!」

デモ隊「ビジターにも選挙権を認めろ!」

イェン「ビジターにも基本的人権はあるぞ!」

デモ隊「ビジターにも選挙権を認めろ!」

モネ「ビジターだって税金を払ってるぞ!」

デモ隊「ビジターにも選挙権を認めろ!」

ハルキ「ビジター差別反対!」

デモ隊「ビジターにも選挙権を認めろ!」

テシ「このデモは当局の許可を受けていませんね。今すぐ解散してください」

リク「デモの自由は法律で認められています。当局の許可は不要です」

テシ「許可の無いデモ行為は周辺住民の迷惑となります。今すぐ解散してください」

イェン「私たちは誰にも迷惑をかけていません!」

ハルキ「交通ルールもきちんと守ってます!」

モネ「私たちは歩道を歩いているだけです!」

リク「そっちの方こそ、歩道を占拠しちゃって周辺住民の迷惑ですよ。ていうか、その占拠こそ不法行為ですよ!」

デモ隊「(口々に)そうだ!ビジター差別反対!」

×  ×  ×

ヴィト「(ロウに)あの端っこの子(モネ)、可愛くないですか?」

ロウ「無駄口叩くな。仕事中だぞ」

ヴィト「(メイに)今、何時?」

メイ「もうすぐ18時です」

コーエ「毎週毎週、茶番ですよね。早く終われ」

ヴィト「(ロウに)あの子(モネ)、ずっと先輩のこと見てません?」

ロウ「だから、無駄口叩くなって。仕事中だぞ」

ヴィト「あー。今日こそ声かけたいなあ。(メイに)今、何時?」

メイ「あと5秒で18時です」

×  ×  ×

と、18時の音楽が街に流れる。

リク「(デモ隊に)18時になりましたので、本日のデモは終了します」

テシ「本日も、秩序正しくデモをしていただいてありがとうございます。(警察隊に)撤収」

警察隊「イエス・サー」

去っていこうとする警察隊。

と、モネがロウに声をかける。

モネ「あの! 今日ってこの後、お忙しいですか?」

ロウ「えっ?」

別空間にシードが現れる。

シード「クッソクッソクッソ。汚い言葉をごめんなさい。でもクッソ。今日は大学生のみんなに初めてデモに誘ってもらったっていうのに。ちゃんと私だってプラカード作りも手伝ったのに。みんなで一緒に行進して、みんなと一緒に大きな声出して、『ビジター差別反対! ビジターにも選挙権を認めろ!』。あー、やってみたかったのにクッソ。そもそも最近は、天候が異常で百姓稼業にはつらい感じなんだよ。今朝だって朝から空にはふわりふわりオーロラが揺らめいてるし、放射冷却で気温計の表示は氷点下だっていうのに長袖の服を着てるだけでやけに汗ばんじまうし、オヤジは『磁気嵐が来てるんじゃないか』『その磁気のせいでいろいろすぐに壊れてるんじゃないか』とかテキトーなこと言ってたけどそんなニュースはどこにも流れてないし、でも、オヤジ自慢の葉野菜と根野菜のアクリル・ハウスの空調とついでに浄水器まで突然不具合を起こしたのは事実で、その修理を手伝わされたせいでせっかくの初デモに参加出来なくてクッソクッソクッソの無限ループ!」

シード、そのまま「タング」に。

オーナー夫婦がいる。

シード「オーナー。おはようございます。本日もアルバイト、よろしくお願いします」

オーナー夫「よろしくお願いします。君のお友達、大勢様で来てるよ」

シード「え?」

オーナー妻「売り上げに、いつも貢献してくれてありがとね。料理、大盛りにしておくからね」

    オーナー夫婦、去る。

    シード、フロアに出ると、学生たちが警察隊と一緒に飲んでいる。

シード「わ! 皆さま、お疲れ様です! 今日は、せっかくデモに誘っていただいたのにドタキャンになってしまって、申し訳ありませんでした!(見慣れない顔がいるのに気がつき)?」

イェン「あ、こちら、警察隊の『矛と盾』の皆さん」

ヴィト「はじめまして。ヴィト・ナハルと言います。階級はサードです。どうぞ、よろしくお願いします」

ロウ「付き添いのロウです」

コーエ「おまけのコーエです。階級はフォースです」

リク「リク・ソンムです」

ヴィト「俺、今夜はめっちゃ感動してます(と飲む)」

ロウ「おまえ。飲み過ぎるなよ」

リク「(シードに)解説しよう。今日も俺たちは、平和に、規律正しく、そして礼儀正しくデモをやったわけ。で、終了予定の18時になったんでいつもみたいに解散しようとしたら、急にモネが」

イェン「(リクの服を掴んで)あの、格好いいですね。この後、一緒に飲みませんか♡」

シード「え!」

モネ「そんな風には言ってません」

イェン「言ったって」

モネ「私は『あの、今日ってお忙しいですか?』しか言ってません!」

イェン「でも、心の中では言ったでしょう? 『格好良いなあ。好みだなあ』」

モネ「心の中では言いましたけど、口には出してません!」

リク「ま、確かに俺たちはデモ隊で、皆さんはそれを弾圧する警察隊なわけだけど、お互い18時が過ぎれば仲良く一緒に飲んでも良いじゃんね?って気がついてさ。ええと、こういうの何て言うんだっけ」

イェン「ノーサイドの精神」

リク「それ」

一同、乾杯する。

ハルキ「(シードに)やっぱり磁気嵐のせい?」

シード「え?」

ハルキ「作業の時、ちゃんとシールド・スーツ着た?」

シード「うん。ちゃんと着た」

ハルキ「そうか。良かった。心配だったから」

シード「なんで?」

ハルキ「え?」

ヴィト「いやあ、感動。良いな良いなこういうの! 自分、大学!とかキャンパス・ライフ!とか、憧れてたんですよ。でも、うちの星めっちゃ貧乏で、入星パスの保証金だけで超限界で、その上大学の学費とか全然無理で」

シード「え? 警察隊の皆さんもビジターなんですか?」

ロウ・ヴィト・コーエ「はい」

シード「ビジターなのに、ええとええと、体制側?のお仕事してるんですか?」

ヴィト「はい」

ロウ「『矛と盾』に入ると、バンスがあるんですよ」

モネ「バンス?」

ロウ「給料の前借りです。自分らはそのお金で入星パスの保証金積んでるんで、他に仕事の選択肢は無かったんです」

ヴィト「警察隊に入るか、そもそもハムダルに来るのを諦めるか。ふたつに一つ」

リク「俺もそれ、今日知ったんだよ。つまり、俺らは毎週毎週、ビジター同士で睨み合いをしてたんだよ」

イェン「笑えるよね。ビジターがビジターに向かって『ビジター差別反対!』」

ヴィト「でもまあ、そのバンスのおかげで先輩は結婚できたわけだし」

モネ「え! ご結婚されてるんですか?」

ロウ「はい」

コーエ「新婚です。もう毎日アツアツのラブラブで」

ロウ「嘘を言うな。俺は仕事とプライベートはきちっと分けてる」

モネ「……」

ヴィト「なので自分もそろそろ、つ、妻を見つけたいな、なんて(と、モネを見る)」

シード「そうなんだ。警察隊の皆さんもビジターなんだ……」

イェン「まだ、そこ?」

シード「警察隊の皆さんはおかしいとは思わないんですか? 同じようにこの星に暮らしていて、働いて、勉強して、税金払って、なのに、『ピュア』の人たちにしか選挙権が無いっておかしくないですか? 住宅街を綺麗にするとか、健康維持のための保険のシステムとか、そういうのも全部全部、『ピュア』の人たち向けにしか予算が組まれないのって、なんかおかしいと思いませんか? 私たちが選んだわけじゃない人たちが、私たちのことまで全部決めてくるのって、やっぱりおかしいとは思いませんか? これ、実は全部受け売りですけど」

ロウ・ヴィト・コーエ「……」

リク「シードちゃん、ごめん。今日はそういう話は無しって約束なんだ」

イェン「それはそれ。これはこれ。もう今日のデモの時間は終わったわけだし」

シード「あー、そうだったんですね。私……ごめんなさい!」

モネ「あの。もう一度、乾杯しましょうか。さっきはシードさんの飲み物無かったし」

シード「や、私はお客じゃなくてバイトなんで」

一同、また飲み物を手に取る。

リク「では、立場は違えど、こうしてビジター同士でお酒を飲める機会を神に感謝して……乾杯!」

一同「乾杯!」

と、警察隊それぞれの携帯機器が緊急警報を鳴らす。

一同「!」

別空間にメイ、現れる。

メイ「緊急召集! レベル5! ハク・ヴェリチェリ誘拐容疑で手配中の宇宙船D-227号を宇宙座標X-13・Y-81・Z-92にて発見。至急、宇宙船D-227号を拿捕し、ハク・ヴェリチェリを保護せよ」

ロウ「おっと。皆さん、ごめんなさい。俺たち、行かなければならなくなりました(と言いながら金を出そうとする)」

リク「あ、今日の飲み代は大丈夫です」

ロウ「いや、そういう訳にはいかないから」

イェン「本当に大丈夫ですから。ここ、私たちの溜まり場で、初めて飲む人には最初の一杯は奢るっていうのがルールなんです」

ハルキ「まだ、皆さん、一杯しか飲んでないんで」

ロウ「しかし」

コーエ「ありがとうございます。ご馳走様です!」

ロウ「おい!」

コーエ「(小声で)今月、俺、ピンチなんです」

モネ、スッとヴィトの側に。

モネ「あの。今度また一緒に飲めますよね?」

ヴィト「え? 俺ですか?」

モネ「はい」

ロウ「では、今日はお言葉に甘えます。ご馳走様でした。(ヴィトの頭を叩き)行くぞ!」

ヴィト「は、はい」

警察隊、去る。

シード「その翌週も、私はデモに行けなかった。うちの畑の葉野菜の収穫とぶつかったからだ。その翌週も、私はデモに行けなかった。『タング』のオーナーの奥様がぎっくり腰になって、私が仕込みから手伝うことになったからだ。そして、その更に翌週。それは、今度の週末こそデモに行くぞと私が意気込んでいた金曜の夜。『タング』の厨房で汚れものの大皿を片端から洗っていたら、客席からの音が突然、消えた」

音楽、消える。

シード「ガヤガヤと騒がしかった談笑が途切れ、大きめの音量で流しているはずのBGMも聞こえない。変だなと思って、私は皿洗いの手を休めてフロアの方に顔を出してみた。と、店の壁の大型ディスプレイに……そこではいつもは、山奥を流れる美しい川や、荒野を走る野生の動物や、夕焼けに染まる海や、その海の中を泳ぐ魚たちの映像などを無音で流しているんだけど……その時はそこに、見たことのない女性がひとり、殺風景なスタジオで原稿を読んでいるのが映っていた」

別空間にノア。

ノア「明日の16時30分。場所は、聖なる広場です。お時間のある方は、ピュアの皆さまも、ビジターの皆さまも、是非、聖なる広場に足をお運びください。それが難しい方は、大統領の演説を中継でご覧ください。明日の16時30分になりましたら、すべてのオンライン回線がサラ・ヴェリチェリ大統領の演説中継に切り替わります。とても異例なことですが、それだけこれは重大な発表なのだとご理解ください。ご静聴、ありがとうございました」

シード「次の瞬間、女性の映像はパチンと消えて、ディスプレイは、何事もなかったかのように、雨の森の映像を流し始めた。店のスピーカーからは、ポリメトリックなビートが効いたワギィという惑星の音楽がフェード・インで戻ってきた」

イェン「ねえ、シード。今の、何?」

シード「え、私にもよくわかんないです。でも、とにかく、明日、なんか重大な発表があるみたいな」

イェン「わざわざ大統領が? わざわざ、聖なる広場で? そんなのもったいぶらずに今の放送で言えば済む話なんじゃないの?」

と、リクとモネがふたりの会話に入って来る。

リク「これは、絶対行くしかないよな」

モネ「超最優先イベントですよね?」

シード「え? じゃあ、明日のデモは中止ですか?」

リク「当たり前じゃん。だって、俺たちは、大統領に自分たちの声を届けたくて毎週デモをしてたわけで。であ、その大統領サラ・ヴェリチェリが明日は俺たちの目の前で演説するわけで。そもそもさ、大統領がビジターの前で演説なんて就任式以来だろ? ていうことはつまり、明日の話は、俺たちビジターに向けての重大発表だってことじゃね?」

イェン「私たちに向けての重大発表? え、てことは、まさか?」

モネ「まさか?」

リク「そうだよ。その『まさか』の可能性、あるんじゃね?」

一同「乾杯!」

イェン「シードも一緒に行かない?」

シード「私?」

イェン「もともと、明日はデモに行く予定だったでしょ? てことは、スケジュール、空いてるんでしょ?」

モネ「リクさんの予想が当たったら、明日は星じゅうがお祭り騒ぎになりますね。ワクワクします!」

リク「あ、どうせなら、演説、最前列で見たくね? 思い切って今夜から徹夜で場所取りしない?」

シード「徹夜で?」

リク・イェン・モネ「徹夜で!」

一同「乾杯」

シード「私は田舎者なので、有名人を直接見られるっていうだけで心がときめいた。私は厨房に戻ると、こそっとパパに電話をした。もしもし」

別空間にソイル。

ソイル「もしもし。え? 『聖なる広場』で徹夜したい?」

シード「パパも、明日の大統領の演説のことは知っていた。同じ放送を家のテレビで見ていたから」

ソイル「パパはちょっと賛成できないな。危険だよ」

シード「どうして?」

ソイル「だってだな。あんな放送を流したら、明日は下手したら何万という数のビジターが集まるぞ? ひとつの広場に何万だぞ? 中には変なやつもいるかもしれないし、そういうのにおまえが万が一襲われたりしたらと思うと俺は……」

シード「ちょっと待ってよ。そういう時のために護身術の稽古をしてきたんじゃないの?」

ソイル「でもなあ」

シード「許してくれないんなら、私、もう二度とパパと稽古しないから」

ソイル「えー」

シード「パパは快く許してくれた。やったね。というわけで、22時にタングが閉店すると、私は、イェン・ダナ、リク・ソンム、モネ・デミスの三人と一緒に店を出た。リクさんが二回ほどハルキ・ペザンに電話をしたけれど、彼は電話に出なかった。なぜかここ数日、ずっとハルキと連絡が取れないらしい。私はそれはちょっと心配だったけれど、リクさんは『貧乏で電話止められたな、あいつ。相変わらずダメなやつ』と言って心配はしていなかった。店から北東に2ブロック。と、そこはもうハムダル宇宙大学の教養学部キャンパス。そこから更に10ブロックほど北に歩くと、左側にドーンと見えてくるのが『聖なる広場』だ。私たちは深夜の大通りを、4人並んでせっせと歩いた」

イェン「シードはさ、お父さんと二人暮らしなんだっけ」

シード「はい。お母さんは、私が10歳の時に死んじゃって」

イェン「前に一度、お野菜の納品しに来た時に見かけたけど、シードのお父さんって超格好良いよね」

シード「え、そうですか?」

イェン「そうだよ。腕とか筋肉すごいし、背中も筋肉すごいし、首の付け根のところなんかも筋肉のコブがもうたまらないくらいグワッってなってて」

シード「筋肉の話ばっかり」

イェン「だって私、筋肉めちゃラブ女子だもん」

シード「実は、私もちょこっとそうです」

シードとイェン、ふたりで笑う。

イェン「私、人工筋肉の研究がしたいんだよね」

シード「人工筋肉?」

イェン「私の故郷の星ではさ、みんな『フーロ』っていう地下鉱山で働いてるの。太陽がとっても遠くってさ。その上、一日の大半は地下にいるわけでしょ。そのせいでビタミンDが足りなくって、とっても骨が弱いわけ。ちょっとした衝撃でポキンって。ポキンって。でも、手軽な人工筋肉が開発されて、それが骨をギュッとガードしてくれるようになったら、みんなちょっとは幸せになるんじゃないかなって」

シード「素敵ですね。とっても素敵な夢だと思います」

イェン「まあね。でも、今年、専門科に進めなかったからね。町医者くらいなら、教養科の単位だけでもなれるけど、新しい研究をしたいと思ったら専門科はもう絶対条件だからね」

シード「そうなんですか?」

イェン「そうなんです。ホント、訳わかんないよ。私、去年、22科目でAで、Bはたったのふたつだったんだよ。なのに、Bが16個もあったピュアは専門科に進んで、私は教養科のまま」

シード「……」

イェン「地下鉱山の給料って、びっくりするほど安いんだよね。そんな中から、親は私の学費と下宿代を出してくれてるわけでさ。変な意地悪しないで、ビジターだって普通に専門科に行かせてくれてもいいじゃんね? 医学が発展して困る人なんていないのにさ」

イェンのセリフの間にリクが電話をしている。

リク「やっぱ、ハルキ、電話出ねえ。昨日も今日も授業にも来てないし、あいつはどこで何やってんだ?」

と、女がひとり歩いてきて、ドンっとシードにぶつかる。

シード「あ、ごめんなさい」

女、シードの言葉を無視して歩き去る。

シード「……」

イェン「何今の。感じ悪くない? そもそも今の、あっちからぶつかってきた感じじゃん」

モネ「わ!わ!わ! 見てください! 広場、もう人がたくさん来てます!」

リク「まじかよ! みんな徹夜かよ!」

イェン「ヤバイよ! 走ろ! 少しでも前に行こう!」

リク、イェン、モネ、走り出す。シードも後を追おうとするが、そこにママが現れる。

ママ「この間抜け」

シード「え?」

ママ「おまえにぶつかったのは、私の娘のひとりだよ」

シード「え?」

ママ「なぜ、あの女はおまえにぶつかった? なぜ、顔も見せずに立ち去った? なぜ、おまえの服のポケットは、さっきまでより少し重くなった?」

シード「え?」

サラが現れる。

サラ「ハムダル星に暮らす全ての星民の皆さん。今日は、私の話を聞くために、この『聖なる広場』に集まってくれてありがとう。今日は皆さんに、ご報告しなければならないことがあります」

ママ「ぶつかってすぐに自分のポケットを見ていれば、あんたの運命もいろいろと変わっただろうにね」

シード「え?」

シード、自分のポケットを探る。中に何か入っている。取り出す。

それは、銃だった。

シード「!」

サラ「ハムダル星は、一年後に消滅します」

6 

大勢の民の声がさざ波のように響いてくる。

「ノアを許すな」「ノアを殺せ」

「ノアを許すな!」「ノアを殺せ!」

「ノアを許すな!!」「ノア・クムを殺せ!!」

ロウとふたりで逃げてくるノア。

ロウ「ノア様! こちらです!」

ノア「ゴフェルは?」

ロウ「ゴフェルのことは忘れてください」

ノア「(耳に付けた無線機で)ゴフェル! ゴフェル! あなたはもう戦わなくていい! 船に! 早く船……」

ノアとロウの行く手に、男たち。

彼らがノアに襲いかかるのを、なんとかロウが引き離す。

と、シードがノアを蹴り倒し、ノアの額に銃を突きつける。

ロウ「やめろ!」

シード「どうして? この銃を私のポケットに入れたのはおまえらだ」

ロウ、男を倒し、シードに向かって銃を撃つ。

が、カチカチという音がするだけで弾は出ない。

シード「おまえの銃は、もうとっくに弾切れだ。なぜだか教えてやろうか? 撃ったからだ。友達を……俺の友達を何人も何人も撃ったからだ!(ノアを撃とうとする)」

ロウ「ああ、そうだ! 俺はたくさんの人を撃った! だから、おまえはまず俺を撃て」

シード「リク・ソンムは死んだ」

ロウ「そうだ。俺が殺した」

シード「ハルキ・ぺザンは行方不明だ」

ロウ「そうだ。俺がやつを地下深くに埋めた」

シード「イェン・ダナはもう永遠に目が見えない」

ロウ「そうだ。俺が警棒を振り下ろした。この手で。彼女の顔に。だから撃て」

シード「……」

ロウ「その人より前に、まず俺を撃て」

シード「……」

別空間に、テシ、ヴィト、コーエ、メイが現れる。

ヴィト「先輩。ご結婚、おめでとうございます!」

テシ・コーエ・メイ「おめでとうございます!」

メイ「まさか、兄ちゃんがあんな綺麗な人と結婚できるなんて。私、本当に嬉しいよ。兄ちゃん。結婚、おめでとう」

テシ・ヴィト・コーエ「おめでとうございます!」

ロウ「みんな、ありがとう」

テシ「ところで、ロウ。おまえ、結婚して家族を作るってことがどういうことか、ちゃんとわかってるんだろうな?」

ロウ「……」

テシ「もう勝手に死ねないっていうことだ!」

シード、ロウを撃つ。

ヴィト・コーエ・メイ「ご結婚、おめでとうございます!」

ヴィト「あ。あ。ひとつだけ先輩に質問をしてもいいですか? やっぱり恋に落ちる瞬間で、ズキューンって心臓打ち抜かれたような感じがするんですか? うわあ。そういうの憧れ! めっちゃ憧れ! ズッキューンってめっちゃ憧れ!」

7 

ロウとメイ。

ロウ「俺と妹は、シヴァという小さな惑星で生まれた。父はアル中で母はヤク中。ふたりとも俺が5歳の時に野垂れ死んだので、俺は5歳で大人の心を手に入れた。妹を食わせる。妹を守る。そのふたつしか考えることはなかった。盗っ人になり、闇市で盗んだ品物を売り、何度もブタ箱に打ち込まれそうになった。シヴァは貧乏だという以外には特徴の何も無い星で、普通に真っ当に合法的に生きていくのはめちゃくちゃ大変だった。そんな時、ハムダルからの移民募集があった。俺と妹は、借りられるだけの金を前借りし、ハムダルに来て警察隊に入った。『矛』と『盾』」

メイ「兄ちゃんは、好きな女の人とかいないの?」

ロウ「大きくなった妹は、そんな生意気な口をきくようになった」

メイ「兄ちゃんはさ、好きな女の人とかいないの?」

ロウ「いないよ。いるわけないだろう。俺はおまえの世話だけで手一杯だ」

メイ「はあ? 意味わかんない。昔と違って、私は私でちゃんとお給料もらって自立できるようになったんだよ? 兄ちゃんと私の給料、今、一緒なんだよ?」

ロウ「うるさいな。金の問題じゃないんだよ。それに俺は、愛だの恋だのには興味ないんだ。おまえと違って、クソみたいな父親と母親のことを覚えてるんだからな!」

メイ「私は、兄が笑ったところを見たことがない。兄が上機嫌だったのを見たことがない。それはおそらく私のせいなわけで、私というお荷物をずっと背負っていたからなわけで、だからこそ私は、兄の幸せを願っていた。兄が穏やかに、笑顔で、幸せそうに寛ぐ姿を見たいとずっと思っていた。そんな時、兄と兄の所属する小隊に出張命令が出た。ガルドという星で新たなレアメタルの鉱山が発見され、ハムダル政府はそこにその星でふたつ目の宇宙ポートを作ることにした。けれど、地元の住民たちはそれを喜ばなかった。反対運動が起き、そこにハムダルを嫌う他の星の人間たちまで集まり始めた。徐々に過激になっていく建設反対運動。兄たちの仕事は、そんな反対派を、力づくでそこから排除することだった」

ロウ、這うようにして、そっと移動を始める。

ロウの視線の先に、女(シー)がひとり、倒れている。

ロウ、そっと彼女の様子を覗き込み、

ロウ「あーーー!(悲鳴を上げる)」

テシ、ヴィド、コーエが飛び出して来る。

テシ「ロウ、どうした?」

ロウ「死んでます」

テシ「何?」

ロウ「そこ……女の人が、死んでます」

一同「え?」

ロウ、女性を指さす。ヴィトとコーエが恐る恐る見に行く。

ヴィト「わ」

コーエ「わわ」

テシ「本当に死んでるのか?」

ヴィト「どうでしょう。全然動きませんが、ただ……ただ……」

テシ「ただ、どうした?」

ヴィト「びっくりするほど美人です」

テシ「は?」

ロウ「俺がやっちまったんです。今日、上から『水平放水OK』って指示がきたから、俺、水圧MAXでガンガン放水してたんです。そしたら、そこの角から急にヒョイって、その女の人が買い物カゴ持って出てきて、『あっ!』て思った時は、俺、彼女のこと思いっきり吹き飛ばしちゃって。その人、20メードほど空中を飛んで、地面にバーンって。地面に、バーンって……」

コーエ、そっと女性に触る。

ヴィト「あ! 俺が最初に触りたかったのに!」

コーエ「わ!」

ヴィト「何?」

コーエ「すごい熱です!」

テシ「熱?」

コーエ「はい。めっちゃ熱です!」

テシ「熱があるなら生きてるじゃないか!」

ロウ、慌てて彼女のところに駆け寄る。コーエとヴィトを突き飛ばし、彼女を抱き起こす。

ロウ「大丈夫ですか? お怪我はないですか?」

女「……お怪我……どうでしょう。わかりません……」

ロウ「……」

女「私……何も、わかりません……」

コーエ「(テシに)あの……彼女も過激派でしょうか?」

ヴィト「過激派だったら逮捕しなきゃですよね」

テシ「あなた、お名前は?」

女「名前、わかりません」

テシ「え?」

女「ボーッとしてます。頭が……ボーッと」

ヴィト「来ましたね。記憶喪失。俺、大好きなパターンです」

テシ「は?」

ヴィト「突然の出会いで美人で記憶喪失って、恋愛の大三元ですよ」

テシ「(叩く)」

ヴィト「痛」

ロウ「とりあえず、彼女を病院に」

一同「え?」

ロウ「え?」

コーエ「もし過激派だったら、その人、そのままハムダルの牢屋行きですよ」

ロウ「この人が過激派なわけないだろう。買い物カゴ持ってたんだぞ?」

ヴィト「でも、ちょっとなまってますよね、言葉」

コーエ「地元住民の言葉じゃないですよ」

ヴィト「地元住民を装って他の星から過激派が何人も密入星してるから気を付けろって今朝も本星からの連絡事項で思いっきり言われたじゃないですか」

ロウ「じゃあどうするんだよ。こんな高熱のまま、この人放っておくのか? 俺がやっちまったのに。この人、買い物カゴ持って歩いてただけなのに」

女「あ……ちょっと寒くなってきました……」

ロウ「え?」

女「寒いです」

女、ロウにしがみつく。

ロウ「……」

メイ「彼女を病院に連れて行けず、かといって寒空の下にそのまま放り出すことも出来ず、彼女の家も名前もわからず、途方にくれた兄は、結局、自分の宿舎に彼女を連れ帰ることにした」

全員で、女性をベッドに寝かせる。

テシ・ヴィト・コーエ「では、本日もお疲れ様でした。おやすみなさい」

三人、去ろうとする。

ロウ「あ、ちょっと待って。(テシに)待ってください」

三人「?」

ロウ「男と女がひとつの部屋でふたりきりはまずいでしょう。今夜は、俺も(別の部屋)」

コーエ「うちの部屋はダメっすよ。サード以下は相部屋なんですから。先輩やチーフと違って、俺たちはシングルベッドにふたりで寝てるんですから」

ロウ「じゃあチーフ。今夜は俺はチーフ(の部屋に)」

テシ「それはダメだ。俺はひとりじゃないと眠りが浅くなるし、おまえが実はイビキがうるさいのは知ってるし、そうするとますます眠りが浅くなるし、眠りが浅くなると筋トレの効果が台無しになってせっかく追い込んだ(筋肉が)」

ヴィト「あ、じゃあ、先輩と俺が部屋を交換するっていうのはどうですか? この人、とっても顔が綺麗だからじっと見ているだけでも心が癒さ(れそう)痛」

ロウ、ヴィトの頭を叩く。

ロウ「男と女が、一晩中、ひとつの部屋でふたりきりはまずいだろ?」

三人「……」

ロウ「だから、今夜は、俺も(別の部屋)」

コーエ「うちの部屋はダメっすよ。サード以下は相部屋なんですから。先輩はチーフと違って、俺たちはシングルベッドにふたりで寝てるんですから」

ロウ「じゃあチーフ。今夜は俺はチーフ(の部屋に)」

テシ「それはダメだ。俺はひとりじゃないと眠りが浅くなるし、おまえが実はガアガア怪獣みたいにイビキがうるさいのは知ってるし、そうするとますます眠りが浅くなって明日の出動時のパフォーマンスが下がって(しまって)」

と、女がムクリと起き上がる。

四人「わ!」

一斉に飛びすさり、そのまま女を見つめる四人。

女「……ここは、どこですか?」

ロウ「お、俺の、部屋です」

女「え? あなたの部屋?」

ロウ「はい。あなたの家がどこかわからなかったし、その前に名前もわからなかったし、でも、熱がとても高かったので、それで、とりあえずその、この部屋に」

女「……」

ロウ「……」

女「そして、全員で私を犯したのですか?」

四人「え?」

女「全員で、私を犯したのですか?」

全員が、それぞれ全力で否定する。

女「……」

ロウ「俺たちは、警察隊です。法律を守る側の人間です。安心してください。あなたは安全です。俺は、あなたのことを守りたくて、この部屋に連れてきたのです」

女「……」

ロウ「その証拠に、今夜は、俺はこれから別の部屋に移動して寝る予定でした」

ヴィト「そうです。そうなんです。シングル・ベッドに三人でギュウギュウになって寝ようなってちょうど話していたところなんです!」

コーエ「そうなんです!」

テシ「なんなら俺の部屋に来ても良いぞって言ってたところなんです。こいつはチビのくせにイビキがめちゃくちゃすごくて相部屋には最低最悪のやつなんですが、でもでもでも、あなたの貞操の安全の方がどう考えても大切ですから!」

女「……」

ロウ「……では」

四人「おやすみなさい」

四人、出ていこうとする。と、女がワッと泣き出す。M、

四人「?」

ロウ「ど、どうされました?」

女「……」

ロウ「あの……」

女「私はもう、死ぬしかありません」

四人「え?」

女「こんなところに連れて来られたら、私はもう死ぬしかありません」

四人「え……」

女「ひどいじゃないですか! 何もしていない私を水の銃で撃って! 誘拐して!」

ロウ「誘拐じゃないです。自分は、ただあなたの安全を考(えて)」

女「誰がそれを信じますか!」

四人「……」

女「皆さんは……皆さんは、自分たちがこの星でなんと呼ばれているのか知らないのですか? 『侵略者』です。『侵略者』で『略奪者』です。他所の星にズカズカと土足でやってきて、みんなを故郷の土地から追い出して、勝手にいろんなところを掘り返したり空港を造ったりしてそれに抗議をしたら皆さんみたいな人が殴ったり蹴ったり最後には殺したりするでしょう」

四人「……」

女「私は、そんな人たちにつかまって、その人たちの部屋に連れて行かれた女になってしまいました。明日から、周りの人たち、私のことをどう思うと思いますか?」

四人「……」

女「繰り返し、侵略者に犯された女」

四人「……」

女「そうでなければ、侵略者のスパイ」

四人「……」

女「どっちにしろ、もうこの国では生きていけません。友達も出来ないし、結婚も出来ません。夜中に家の壁にスパイとかバイタとか落書きをされ、石を投げられて窓ガラスを割られるでしょう。直しても直しても、毎晩毎晩割られるでしょう。そんな目に遭うくらいなら、私は今夜、死にます」

女、部屋から出ていこうとする。

四人、それを慌てて止め、女を部屋の真ん中まで引き戻す。M終わる。

女「やっぱり犯すのですか! 全員で私を犯すのですか!」

ロウ「違います! 全然違います!」

女「じゃあ、私を帰してください!」

ロウ「でも帰ったら死のうとするのでしょう?」

女「そうです!」

コーエ「あの……朝まで時間があります。一度、みんな、冷静になって考えてみませんか?」

女「何を考える。もう私は、この星で生きていくこと出来ない」

コーエ「そこを、もう一度、冷静になって考えてみませんか?」

全員「……」

ヴィト「あの……あなた、元々この星の人ですか? このガルド星の人ですか?」

女「違います。私の故郷は別の星。もっともっと貧乏で病気ばかりの星。その星から兄と一緒に逃げてきた」

ロウ「え」

女「兄は、私がお腹を空かせているのが悲しいと言って、盗みに入って撃たれて死んだ」

四人「……」

女「私は、よそ者で、しかもひとりぼっちになった」

四人「……」

女「町で何かあると、必ず最初によそ者が疑われる。皆さんが来て好き勝手なことをやり始めた時も、実は私は疑われた。スパイじゃないかって。あるいは、これからスパイになって自分たちのことを売るんじゃないかって」

四人「……」

女「みんな、元々私の言うことあまり信じない。明日からは誰も信じない。兄は私に、何があっても生きろと言ったけれど、私はもうそんなに頑張れない」

テシ「あのう!」

メイ「最初に提案したのは、小隊長のテシ・マナフだった」

テシ「もうこの星で生きれらないなら、もう一度、別の星に行くっていうのはどうでしょう?」

女「え……」

メイ「でも、女はよその星に行くような金を持っていなかった」

女「私、そんなお金持っていません」

ヴィト「あのう!」

メイ「次の提案をしたのは、サードのヴィト・ナハルだった」

ヴィト「みんなでお金を出し合って彼女に宇宙船の乗船チケットを買ってあげるというのはどうでしょう?」

女「え」

テシ「俺は全財産2ギーツだ」

ヴィト「俺、1ギーツ」

ロウ「俺も1ギーツ……」

コーエ「俺、50ピニーしかないっす」

メイ「宇宙船のチケット代は5000ギーツする。この案は即却下になった」

コーエ「あのう!」

メイ「最後の提案をしたのは、フォースのコーエ・ヤムチャだった」

コーエ「ハムダルなら、俺たち、彼女を連れて行けますよ」

ヴィト「どうして?」

コーエ「就職する時に、みんな最初に言われたでしょう? ハムダルに入星できるのは、ワーキング・ビザを取得した本人のみ。ただし! その後、本人が誰かと婚姻関係になった場合は、その配偶者にも入星ビザを支給するものとする」

女「え……」

四人「結婚!!!」

テシ、ヴィト、コーエの三人が一斉に挙手をする。

ヴィト「コラァ! あんたはもう結婚してるだろうが!!!」

テシ「そうだった……」

ヴィトとコーエがもう一度手を上げる。

が、女はロウを見ている。ロウも女をただ見ている。

コーエ「あ、勘違いしないでくださいよ。俺が言ってるのは、偽装ですから。偽装結婚ですから。ハムダルまで行ったら、良いタイミングで離婚すればいいんです。ハムダルでは、結婚して離婚してまた別の人と結婚してとか、全然フツーのことですから!」

女「……」

ロウ「……」

全員「えー!」

メイ「その日の夜、1分で500ピニーも取られるバカ高い宇宙電話が私のところにかかってきた。もしもし」

ロウ「もしもし、俺」

メイ「お兄ちゃん? 今、ガルド星じゃないの?」

ロウ「うん、そう。俺、ガルド星」

メイ「お兄ちゃん? なんか、雰囲気変だけど、何かあったの?」

ロウ「メイ。突然だけど、俺、結婚することにした」

メイ「え?」

ロウ「あ、あ、愛する人を見つけたんだ。だから結婚する。ハムダルに帰ったら、おまえにも紹介するから。じゃ、電話代が高いから切るぞ。ガチャ」

メイ「え? お兄ちゃん? お兄ちゃん?」

ロウ「……妹に、嘘をついてしまった」

コーエ「仕方ないじゃないですか。宇宙電話は全部星防省が傍受してるんですから。偽装結婚とか言ったらいきなり逮捕ですよ。逮捕」

メイ「兄は最初、私にも本当のことを言わなかった。兄はそれから二週間、自分の部屋に彼女を隠し続け、自分はふたり部屋に移動し、イビキをあまりかかないコーエがチーフの部屋に行き、しかし、なぜかその日の夜からコーエもイビキをかくようになった。そして二週間後、兄は、新婚の花嫁を連れてハムダルに帰ってきた」

テシ「(歌)愛はある いつも目の前に」

メイ「(歌)愛はある 手を伸ばせば」

ヴィト「(歌)愛はある いつも目の前に」

コーエ「(歌)勇気を持って、ただ、手を伸ばせ」

全員「(歌)出会いはどんな形でもいい」

全員「(歌)      」

全員「(歌)必ず気づくよ 運命の相手なら」

全員「(歌)あなたが私の愛だったと」

ロウと女を真ん中にして、六人でダンス。

テシ「(歌)愛はある 朝の光の中」

メイ「(歌)愛はある 夕なずむ雲」

ヴィト「(歌)愛はある 満天の星の下」

コーエ「(歌)ふたりで歩く 道の先に」

全員「(歌)出会いはどんな形でもいい」

全員「(歌)    」

全員「(歌)必ず気づくよ 運命の相手なら」

全員「(歌)あなたが私の愛だったと」

全員「(歌)出会ったこと、それがもう愛」

全員「(歌)こんなに宇宙は広いのに」

全員「(歌)同じ刻、同じ場所にいる。それがもう愛」

全員「(歌)あなたが私の愛だったと」

更に、六人でダンス。

ロウ「すみません。みんなが、偽装結婚だからこそ式は派手にやるべきだって」

女「なぜ、そういうことを言いますか?」

ロウ「え?」

女「なぜ、すみませんなんて言いますか?」

ロウ「……」

女「あなたは優しい。あなたは、私の命の恩人です」

ロウ「ちゃんと、離婚しますから」

女「……」

ロウ「ちゃんと、一年経ったら離婚しますから」

女「私、結婚するというのに、まだ自分の名前をあなたに言ってませんね」

ロウ「え」

女「私の名前はシー。生まれた星の名前はパラン。私たちの星では、みんな苗字はパラン。だから私の名前はシー・パラン」

ロウ「シー・パラン」

女「でも、私、今日、結婚しました。あなたはロウ・ウォン。だから私もウォン。私の名前は今日からシー・ウォン。合っていますか?」

ロウ「はい……」

女「私の名前はシー・ウォン。合っていますか?」

ロウ「はい! 合っています!」

テシ「(歌)愛はある いつも目の前に」

メイ「(歌)愛はある 手を伸ばせば」

ヴィト「(歌)愛はある いつも目の前に」

コーエ「(歌)勇気を持って、ただ、手を伸ばせば」

全員「(歌)出会いはどんな形でもいい」

全員「(歌)第一印象なんて気にしない」

全員「(歌)運命の相手なら必ず気づくもの」

全員「(歌)あなたが私の愛だったと」

テシ「(歌)愛はある 朝の光の中に」

メイ「(歌)愛はある 夕なずむ茜色の雲の中に」

ヴィト「(歌)愛はある 満天の星たちの下に」

コーエ「(歌)そして、ふたりで歩くその道の先に」

全員「(歌)出会いはどんな形でもいい」

全員「(歌)第一印象なんて気にしない」

全員「(歌)運命の相手なら必ず気づくもの」

全員「(歌)あなたが私の愛だったと」

全員「(歌)出会ったこと、それがもう愛」

全員「(歌)こんなに宇宙は広いのに」

全員「(歌)同じ刻、同じ場所にいる。それがもう愛」

全員「(歌)あなたが、私の愛」

最後の合唱に合わせて、ロウとシーが見つめ合う。

テシ「ロウ・ウォン。おまえはシー・パランを妻とし、病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓うか?」

ロウ「誓います」

メイ「シー・パラン。おまえは我が兄ロウ・ウォンを夫とし、病めるときも健やかなるときも、世界が終わるその最後の一日まで、愛をもって互いに支えあうことを誓うか?」

シー「誓います」

全員「(歌)あなたが私の愛 あなたがいる限り、私の世界は愛」

8 

大勢の民の声がさざ波のように響いてくる。

「ノアを許すな」「ノアを殺せ」

「ノアを許すな!」「ノアを殺せ!」

「ノアを許すな!!」「ノア・クムを殺せ!!」

ロウとコーエに守られ、逃げてくるノア。

背後からシード。そのシードを止めようとするコーエ。

ロウ「ノア様! こちらです!」

ノア「ゴフェルは?」

ロウ「ゴフェルのことは忘れてください」

ノア「(耳に付けた無線機で)ゴフェル! ゴフェル! あなたはもう戦わなくていい! 船に! 早く船……」

ノアとロウの行く手に、男たち。

彼らがノアに襲いかかるのを、なんとかロウが引き離す。

と、その間に、シードはコーエを倒し、ノアに迫る。

逃げようとするノアを蹴り倒し、ノアの額に銃を突きつけるシード。

ロウ「やめろ!」

シード「どうして? この銃を私のポケットに入れたのはおまえらだ」

ロウ、男を倒し、シードに向かって銃を撃つ。

が、カチカチという音がするだけで弾は出ない。

シード「おまえの銃は、もうとっくに弾切れだ。なぜだか教えてやろうか? 撃ったからだ。友達を……俺の友達を何人も何人も撃ったからだ!(ノアを撃とうとする)」

ロウ「ああ、そうだ! 俺はたくさんの人を撃った! だから、おまえはまず俺を撃て」

シード「リク・ソンムは死んだ」

ロウ「そうだ。俺が殺した」

シード「ハルキ・ぺザンは行方不明だ」

ロウ「そうだ。俺がやつを地下深くに埋めた」

シード「イェン・ダナはもう永遠に目が見えない」

ロウ「そうだ。俺が警棒を振り下ろした。この手で。彼女の顔に。だから撃て」

シード「……」

ロウ「その人より前に、まず俺を撃て」

シード「……」

ロウ「友達を殺した俺から撃て」

シード、ロウを撃とうと銃を彼に向ける。

ノア「彼の言葉は正確じゃない」

シード「!」

ノア「彼はただの兵士。命じられたことをその通りやるだけの、いわばロボット」

シード「もちろん知ってる。命令したのが誰かも知ってる」

ノア「……」

シード「でも、どうしたなのかな? どうしてそんなひどい命令が下せるのかな? そして、どうしてそんなひどい命令に従えるのかな?」

ノア「『種の保存』のためだ」

シード「……」

ノア「全ては『種の保存』のためだ! 私たちはそのために生きている!」

シード「ふざけるな!」

ロウ「おまえこそふざけるな!」

シード「!」

ロウ「この期に及んで何を甘ったれた泣き言を言ってるんだ。俺たちは、戦争をしてるんだ。俺とおまえらは敵同士だ。その敵を殺して何が悪い。家族を助けるために、敵を殺して何が悪い!」

シード、ロウを撃つ。何発も撃つ。

ノア「ロウ!」

シード、振り返りざま、今度はノアも撃つ。

が、既に弾切れで、カチカチと虚しい音がするばかり。

ノア「……」

シード「しまった。2発は取っておこうと思っていたのに」

ノア「……」

シード「おまえを殺す弾と、そして私が死ぬ弾と」

ノア「……」

暴徒数人が現れるが、すぐに銃に撃たれて倒れる。

撃ったのはゴフェル。

ゴフェル「ノア様!」

ノア「ゴフェル!」

ゴフェル「ノア様!」

ノア「ゴフェル! この女を!」

シード「見事な結末だな。こうやって、ビジター同士にきっちりと殺し合いをさせて、あんたはまんまと生き延びるんだな……」

ゴフェル、銃をシードに向けて構える。

シード「……」

9 

ノア「首都リグラブから南に3000キロメード。赤道を超え、リグラブとは四季が逆転した場所に、ベリアと呼ばれる広大な森林地帯がある。鳥類200種。植物5万種。そして昆虫類150万種以上が生息する生命の楽園。ただ、ハムダル・ピュアは未知の感染症への恐怖心が強く、この楽園に別荘を建てたり、大規模な開発をしようとする者はほぼいなかった。そのベリアの北端。密林に入ってすぐの場所に、私はひとりで住んでいた。

 2年前。サラ・ヴェリチェリから大統領筆頭補佐官という仕事をオファーされた時、私は彼女にいくつか条件を出した。

 『ザ・ボックス』には通勤したくない。私はここベリアで仕事をしたい」

サラ「あら」

ノア「あなたには、最長でも五年しか仕えない」

サラ「あら」

ノア「補佐官を辞めた後は、AI開発のための私の研究室を宇宙大学に作ると約束して欲しい。そして、私が申請する研究予算は常に満額認めると約束して欲しい」

サラ「あらあらあら」

ノア「鼻で嗤われ、そのままオファーの話は無しになるだろうと思ったけれど」

サラ「その程度のことで良いの? なら決まりね。では改めて、私のために、よろしくお願いします」

ノア「こうして私は、史上最年少の大統領筆頭補佐官になった。だから、そのサラ・ヴェリチェリが聖なる広場で大勢のビジターの前で演説をすることになった時も、私はひとりベリアの森にいて、彼女の演説はライブ・ストーリーミングで見ていた」

サラ「ハムダル星は、一年後に消滅します」

ノア「彼女が言うことは、すべて事前に知っていた。なぜなら、それらの台本は全部私が書いたからだ」

サラ「ハムダル星は、一年後に消滅します」

ノア「ああ。こんなものを見ていないで、森を散歩したい。ふかふかの落ち葉を踏みしめたり、薬草を摘んだり、人工の濾過装置を通していない自然の湧水を小さな甕に汲んだり、あるいは手で掬って飲んだりしたい」

エリが現れる。

エリ「私のこと、もう、死んでると思っているの?」

ノア「またしつこく、私の妹が現れた」

エリ「ねえ。私はもう、死んでると思っているの?」

ノア「思ってないわよ」

エリ「でもお姉ちゃん、私のこと、真剣に探してないよね? 心配にならないの? 私、もう二ヶ月も行方不明なんだよ?」

ノア「だから、前にも言ったと思うけど、この星的には、あなたよりハク・ヴェリチェリの行方の方が問題だし、そもそも今はそれどころじゃないの。星がひとつ、滅ぶのよ?この星は、あと一年ちょうどで、ガンマ線バーストに包まれてすべての命が消滅するの。その問題と、妹がひとり行方不明だという問題と、どっちが大きな問題だと思うの?」

エリ「そんなこと言っちゃって。本当は、単に私のことが嫌いなだけでしょう?」

ノア「懐かしい。妹が生まれてから、私がひとり暮らしを始めるまで、延べ千回以上はこの言葉を言われた。でも私は妹のことが嫌いではない。私、ノア・クムは、妹、エリ・クムのことが嫌いではない。が、好きでもない。無関心でもない。どういう感情なのか、言葉で説明するのは難しい」

エリ「お姉ちゃんは、私のこと、嫌いなんでしょ?」

ノア「まさか。大好きよ。だから、あなたも私のことを大好きでいてね」

エリ「偽善者」

ノア「大統領の演説の二か月前。辺境の惑星ドーに不時着した宇宙船D-227号の乗組員が、現地住人に殺害または拉致されたという知らせが飛び込んできた。なんとなんとそれは、ハムダル星の寿命が、超新星爆発によるガンマ線バーストであと一年と二ヶ月と判明したのと同じ日だった」

ロウ、現れる。

ロウ「大統領! 大変なことが起きました」

サラ「今は緊急の閣僚会議中です! 私が良いと言うまで、この部屋は立ち入り禁止と言ったはずですよ!」

ロウ「(遮って)ドーという辺境の惑星で、宇宙船D-227号の乗組員が、現地住人に殺害されるという事件が発生しました! 大統領御令嬢のハク・ヴェリチェリ様、そして、ノア・クム筆頭補佐官の妹様のエリ・クム様がご搭乗でした。詳細はまだ判明しておりませんが、少なくともピュアふたりが殺害され、残りの方は拉致をされて生死不明とのことです」

サラ「……」

ノア「……」

サラ「その件の捜査は現場に一任します。今後は私への報告は無用です」

ロウ「え? 報告無用ですか? そうは仰いますが、ご家族のことですよ?」

サラ「今はそれどころじゃないの」

ロウ「しかし……」

サラ「ノア、あなたもそれでいいわよね?」

ノア「はい、もちろん」

ロウ「……」

ノア「彼は驚いたように目を見開いたが、それ以上は何も言わずに部屋から退出した」

ロウ、去る。

ゴフェル「かけがえのないご家族のことですものね。すぐさまドーの星に向かえないこと、内心はさぞおつらいでしょうね」

ノア「え?」

ゴフェル「かけがえのないご家族のことですものね。すぐさまドーの星に向かえないこと、内心はさぞおつらいでしょうね」

ノア「あなた。なぜ、そんなことを言うの?」

ゴフェル「先日の自動アップデートで、お悔やみの言葉とそのバリエーションが3215パターン追加されています」

ノア「そう」

ゴフェル「つらくはないのですか?」

ノア「つらくはないわね」

ゴフェル「それは、妹のエリ・クム様は、かけがえのない家族ではない、ということですか?」

ノア「ゴフェル。かけがえのない、を辞書で引いてみて」

ゴフェル「はい。『唯一無二で代替の効かない、大切なもの』と定義されています」

ノア「でしょう?」

ゴフェル「では、お父様のイワン・クム様はかけがえのない家族ですか?」

ノア「……」

ゴフェル「では、お母様のメーリ・クム様はかけがえのない家族ですか?」

ノア「どうしてそんなことを聞くの?」

ゴフェル「私は、ノア・クム様を元気付けるために作られました。ノア・クム様についての情報を収集することは、私にとって最優先事項です」

ノア「私はもう、小さな女の子じゃないのよ?」

ゴフェル「ハムダルの古い諺に、三つ子の魂百まで、というのがございます。ノア様6歳の時のこと8歳の時のこと、今もお心にあると判断したのですが、間違っていますか?」

ノア「6歳。ピュア・オンリーの小学校に入って、最初の学期末のテストを受けた時のこと。私は全教科で満点を取った。学年で一位の成績だ。大きく花丸の書かれた答案用紙を母のメーリに見せようと思って、学校から家まで走って帰った。母は、大喜びしてくれるだろう。そして、たくさんたくさん自分のことを褒めてくれるだろう。『お母さん! 私、満点だったよ! 全部満点で、学校で一番だったよ!』」

メーリ、現れる。

メーリ「え? あなたが?」

ノア「え?」

メーリ「あなたが、一番?」

ノア「? そうだよ?」

メーリ「……」

ノア「?」

メーリ「ああ。そうなのね。ノアは、隠れて努力をしてたのね。人の何倍も何倍も、隠れて努力をしたのね。お母さん、そんなあなたが誇らしいわ」

ノア「? 何も、隠れてないよ? 私、先生が言ったことはいつも一度で覚えられるの」

メーリ「そんなこと言わなくていいのよ。頑張ったわね。偉いわ」

メーリ、ノアをハグ。

ノア「なぜ、母はそんなことを言うのだろう。ハグされたことは嬉しかったけれど、私の中には違和感が残った。その違和感の理由は、次の学期末に明らかになった。私は再び、全教科で満点を取った。またしても、学年で一位の成績だ。家に帰ると、母が少し緊張した表情で待っていた。『お母さん。今度も、全部満点を取ったよ』」

メーリ「(ハグして)頑張ったわね。偉いわ。今夜はディナーの後、ノアの大好きなケーキも食べましょう(去る)」

ノア「楽しい夜だった。アルプというピンク色の木の実を敷き詰めたタルト・ケーキを、私は二切れも食べた。ジュースもたくさん飲んだ。お腹いっぱいで眠くなったので、いつもより早く、ふかふかのベッドで眠りについた。目が覚めた時、時刻はまだ夜の0時を少し回った頃だった。ジュースをたくさん飲んだせいで、私はトイレに行きたかった。ベッドから降り、廊下に出たら、父と母の話し声が聞こえてきた」

イワンとメーリが現れる。M13、終わる。

メーリ「きっと、カンニングをしているんだわ」

イワン「滅多なことを言うな! 君はどうしてそんなことばかり言うんだ!」

メーリ「だって、おかしいじゃないですか! 全教科、満点なんですよ? 学年で一番なんですよ? スコアが0点の子が、他のピュアの子より良い成績を取れるわけがないじゃないですか!」

イワン「あの子のスコアは620点だ」

メーリ「そんなのデタラメです」

イワン「デタラメとか言うな!」

メーリ「デタラメです! あの子のスコアはお金で買ったものだし、あの子の遺伝子の半分は、汚らしいビジターのものじゃないですか! いくら仕事でお世話になってるからって、ここまでヴェリチェリ家の言いなりになる必要無かったのに!」

イワン「メーリ! これは君のためでもあったんだぞ? 後継ぎを生まない女性がどういう立場になるかわかってるだろう! 私は君を……役立たずの君を守ってやったんだ!」

メーリ「……」

イワン「……ったく。どいつもこいつも。バカばっかりだ」

イワン、去る。

メーリ「……あんな人、死ねばいいのに」

ノア「私は、それ以上は聞かずに部屋に戻った。その夜、トイレをどうしたのかは覚えていない」

メーリ「あんな人、死ねばいいのに」

ノア「それでも、クム家は、表向きはとても平和だった。母は、直接は私に優しかった。その次のテストでも私は全教科で満点で、区の偉い人から表彰された。その時は、母は今までで一番嬉しそうな顔をしてくれた。父のイワンも、直接は私に優しかった。父は多忙で、あまり一緒に食事をする機会はなかったけれど、同じテーブルについた時にはいつも」

イワン「いろんな人から『ノアはとても頭が良い』と褒められるよ。おまえのおかげで、お父さんはいつも、鼻が高々だ」

ノア「と言ってくれた。私が、実は養子である事実は変えられない。でも、ずっと満点を取り、ずっと学年で一位を取り続けることは出来る。そうすれば、少しずつ母の愛も本物に変わっていくかもしれない。父もいつか、私が娘で良かったと心から思ってくれるかもしれない。私は頑張った。とにかく勉強を頑張った。そして、二年が経ち、私は8歳になった」

イワン「ノア! ノア! 今すぐ病院に行くぞ!」

ノア「え?」

イワン「母さんが!」

ノア「お母さんがどうしたの? お母さん、病気になったの?」

イワン「とにかく病院だ!」

産婦人科医が現れる。

産婦人科医「おめでとうございます。メーリ・クム様、女の子をご懐妊です」

ノア「!」

イワン「(万歳して絶叫する)」M。

産婦人科医「とはいえ、かなりの高齢出産になりますからね。油断は禁物ですよ。どうかご自愛を」

イワン「メーリ! メーリ! よくやったメーリ! 私の子どもだ! 私の遺伝子を未来に繋ぐ子供だ!」

イワン、メーリの病室に飛び込もうとして、ノアに気が付く。

ノア「……」

イワン「ノア。ノアも祝福しておくれ」

ノア「……」

イワン「お父さんと、お母さんと、そしておまえの妹を祝福しておくれ」

ノア「(父に歩み寄り)お父さん、お母さん、おめでとう。私に妹が出来るのね。とっても嬉しいわ」

イワン、「メーリ! 偉いぞ!」などと言いながら病室の中へ。M13。

ノア「それが、私が8歳の時の話だ。母はしばらく入院し、父は母につきっきりになった。私は家でひとりだった。私の側には、父が買ってくれた量子コンピューターがあるだけだった。それを使って私はAIのプログラムを組み、ゴフェル1号を作った」

ゴフェル「妹様が出来て、とても嬉しかったのですよね? ならば、やはり、『かけがえのない家族』という定義で良いのではないでしょうか?」

ノア「……」

ゴフェル「申し訳ありません。私は今、バージョン800ですが、私の知能はまだあなたの求めるレベルに達していないのでしょうか?」

ノア「ゴフェル。かけがえのない、を辞書で引いてみて」

ゴフェル「はい。『唯一無二で代替の効かない、大切なもの』と定義されています」

ノア「……」

ゴフェル「もしかして……ノア様には、かけがえのない家族は、いないのですか?」

ノア「……」去る。

10 

ロウ「大学生たちとの飲み会の途中、自分が警察隊の『矛』の仕事に就いて以来初めての『レベル5』の緊急召集があった」

メイ「ハク・ヴェリチェリ誘拐容疑で手配中の宇宙船D-227号を宇宙座標X-13・Y-81・Z-92にて発見。至急、宇宙船D-227号を拿捕し、ハク・ヴェリチェリを保護せよ」

ロウ「ハク・ヴェリチェリ。ハムダルの現在の大統領であるサラ・ヴェリチェリのひとり娘。ピュアで最も高いスコアを持ち、にもかかわらず、自らの努力で外宇宙を航行できるパイロットになったことで、全世代の男女から強く支持されていた。そのハク・ヴェリチェリが、ドーという辺境の惑星で消息を絶ったというニュースは、ハムダル中に衝撃をもたらした。犯人は、ドーの星出身のビジターで、複数の貴重なピュアを殺害してハク・ヴェリチェリを誘拐。宇宙船D-227号を強奪してそのまま姿をくらましてから、二週間が経とうとしていた」

ヴィト「先輩! ドローンが来ました!」

メイ「なお、容疑者が抵抗した場合は、殺害を許可。殺害を許可」

ロウ「迎えのドローンに乗り込み、『矛と盾』専用の宇宙空港へ。レベル5は、『矛』ひとりひとりに、自己判断での容疑者殺害が許可されている。それは同時に、俺たち『矛』が、敵に殺害される可能性が高いことも意味している。俺は宇宙空港に行くドローンの中で、妻に電話をする。もしもし」

別空間にシー、現れる。

シー「もしもし。今、芋の煮っ転がしを作ってるよ」

ロウ「あ、そうなんだ。実はさ」

シー「芋の煮っ転がし、好きでしょう?」

ロウ「うん。芋の煮っ転がしは大好きだよ。実はね」

シー「良かった。私、ひとつひとつちゃんと覚えていくから。あなたの大好きなもの」

ロウ「俺が大好きなのはシーだよ」

シー「いやいや。そういう風に言ってほしくて言ったわけじゃないよ。困った人だな」

ロウ「いや、本当のことだから。それでね」

シー「あ。ちょっと待って。火が強すぎるかも。すごく沸騰(去る)」

ロウ「え?」

シー「中火にしたよ。うん。あなた、中火が好きでしょう? 煮っ転がし」

ロウ「うん。中火のことはよくわからないけど、シーが俺のために作ってくれるご飯はどれも最高だよ」

シー「あら。またそういうことを言う。困った人だな。晩ご飯、もう一品増やさないと」

ロウ「いや、そのことなんだけどさ」

シー「あ。ちょっと待って。今度は火が弱すぎるかも」

ロウ「ごめん! 今夜、晩ご飯、家で食べられないかも」

シー「え? なんで?」

ロウ「急な、出張で」

シー「え? 危険な出張か?」

ロウ「いや、全然。のんびりムード。ただ、ちょっとだけ場所が遠くて」

テシ「全員揃ったか?」

コーエ「先輩がまだ奥さんに電話を」

ヴィト「ラブラブっすね」

コーエ「偽装なのに」

ヴィト「羨ましい!」

コーエ「だから偽装ですって」

テシ「いや、俺にはわかる。あれはもう本物だ」

一同「え?」

シー「わかった。じゃあ、私寂しいけど、お留守番頑張る。パパは、お仕事、頑張ってね」

ロウ「うん。ありがとう。え? パパ?」

シー「パパ。愛してるぞ」

ロウ「パパ?」

メイ「兄ちゃん! 集中しなきゃダメだよ?」

ロウ「わかってるよ!」

ヴィト「え? オメデタですか?」

コーエ「偽装なのに!」

ヴィト「うらやま! もう心の底からうらやま!」

一同、万歳三唱。

ロウ「宇宙空港でドローンから、第二世代ワープ可能な星系間パトロール船に乗り換える。乗っている俺たちにとっては経過時間は2分ほどだが、ハムダル本星で俺を待つ妻にとっては3日間の留守番になる。芋の煮っ転がしは、残念ながら冷え切ってしまうだろう。でも、これはチャンスだ。俺と、俺の家族にとって、大きなチャンスだ」

コーエ「理想は生け捕りですよね?」

ヴィト「え? 何が?」

コーエ「犯人ですよ、犯人。まだ、犯行動機が全然わかってないじゃ無いですか。問答無用で撃ち殺すより、捕まえて犯行の全てを吐かせたいですよね」

テシ「そしたら俺たち、大手柄だぞ! 勲章をもらって、名誉ピュアの資格をゲットだ!」

一同「名誉ピュア!」

ロウ「名誉ピュアとは、ビジターだが、ハムダル宇宙連邦に大きく貢献したことで、ピュアと同等の権利を得た人のことを言う。毎年数人、大統領表彰で、ビジターが名誉ピュアに昇格している。俺も、手柄は立てたい。名誉ピュアの資格はぜひ欲しい。なぜなら、名誉ピュアの資格は、本人だけでなくその家族にも適用されるからだ」

シー「パパ」

ロウ「聞き間違いなんかじゃない。妻は、俺を『パパ』と呼んだ」

シー「パパ。愛してるぞ」

ロウ「俺は、妻と子どもを幸せにするために働く! 妻と子どものために手柄を立てる! 出世する! 俺は、かけがえのない家族を幸せにするためなら、どんなことだってする!」

11 

ソイルとシードが稽古をしながら登場。

激戦の末に、シードが勝つ。

シード「ヤバイな。俺、オヤジよりも強くなっちゃったかも。俺、か弱くてでも可愛くて、素敵な彼氏に守ってもらう女の子に憧れてるのに」

ソイル、シードに不意打ち。

と同時にコールが来る。

シード「あ、誰だろ?(あっさりソイルの攻撃は躱す)」

ソイル「!」

シード「もしもし?」

モネ「もしもし、シードちゃん? あのね。ちょっとお願いがあるんだけど」

シード「え? ダブル・デート?」

ソイル「何? デートだと?」

シード「うるさい(と、ソイルを蹴り飛ばす)」

モネ「実は、この前一緒に飲んだ『矛』の人から、今度ぜひモネさんと飲みたいですって言われちゃって」

シード「そうなんだ」

モネ「でも、いきなり二人っきりで会うのって、なんかなんだかじゃないですか」

シード「え? 何で?」

モネ「それに、相手の人、全然デート慣れしてない人で。ていうか、たぶん、デートっていうのが初めての人で」

シード「でも、モネちゃんはデート慣れしてるでしょ?」

モネ「そこが問題なの」

シード「どこが問題なの?」

モネ「私だけ、デートに慣れてるのがバレちゃうのって、やっぱりなんかなんだかじゃないですか。だから急だけど、明日の夜、よろしくお願いします(切る)」

シード「え? 明日?」

ソイル「明日がどうした」

シード「え?」

ソイル「明日、デートなのか。ダブル・デートなのか。お父さんだって、ダブルデートがどういうものか知ってるぞ。で、おまえの相手は誰だ。いつ、男が出来た。好きな男が出来た時は、最初にお父さんに紹介して許可を得るっていうおまえが6歳の時の親子の誓いを忘れてたのか!」

ソイル、殴りかかるが、シードが蹴り飛ばす。

シード「彼氏はいないから。好きな男もいないから。ていうか困ったな。どうしよう」

ソイル「おまえ、お父さんに嘘をつくような娘にはなっておるまいな」

シード「なってないよ」

ソイル「信じていいんだな?」

シード「信じていいよ」

ソイル「わかった。なら、俺が行く」

シード「は?」

ソイル「そのダブル・デート、俺も一緒に行くぞ!」

シード「ふざけんな!」

場面。酒場に。ママがバーテンとして登場する。

シード「が、しかし! しかし! リク・ソンムはイェン・ダナの彼氏なので誘えないし、ハルキ・ペザンでも良いかなーと思ったけれど、なぜか彼はずっと行方不明で何回コールをかけても返信すらなかった。それで結局、私はそのダブル・デートの場所に、自分の父親と行くことになってしまった。ぴえん」

モネとヴィトが現れる。

ママ「いらっしゃいませ」

モネ「シードちゃん、シードちゃん。念のため確認しておくけど、今日、会話は基本、全部、シードちゃんだからね」

シード「え? 何で?」

モネ「私は、男の人に慣れてないから。男の人を前にすると緊張しちゃって、喋れなくなるような、そういう内気でモジモジした女の子だから」

シード「全然違うじゃん」

モネ「そうなんだけど、きっと彼(ヴィト)は、そういうタイプの女の子が好みだから」

シード「そんなの、何でわかるの?」

モネ「経験」

シード「……」

ソイル「君、仕事は?」

ヴィト「はい。警察隊の『矛と盾』の『矛』、やってます」

ソイル「へええ。君は『矛』なんだ。じゃあ、ちゃんと鍛えてるのかな?(と、筋肉を触る)」

ヴィト「あ、はい。一応」

ソイル「腕相撲、する?」

ヴィト「え?」

ソイル「かけがえのない家族を守るためには、日々の稽古と鍛錬が大切だ。日々の稽古と鍛錬があってこそ、非常の時にその力が発揮されるんだ。わかるか?」

ヴィト「わかります」

シード「何の話をしてるのよ。(M切れる)最初のデートから『かけがえのない家族』とか話し早すぎるから」

ヴィト「あ、でも、自分は! 自分はその! モネさんがご迷惑でなければ、最初から結婚が前提でもまったく問題はありません!」

シード「え」

モネ「え?」

シード「ちょっと待って。ヴィトさん、モネと会うの、今日でまだ2回目ですよね? ほとんど会話したこともないし、彼女の性格だって知らないですよね?」

ヴィト「性格なんて無問題です!」

シード「え」

モネ「え?」

ヴィト「自分の母親は、ヴァーリーというめっちゃ田舎の貧乏な星で毎日機織りしてた人なんですけど、でも自分は! 自分はその母親を心から尊敬しておりまして! その母親が、毎日毎日、俺にこう言ってたんです。『いいかい、ヴィト。人の内面は、顔に出るんだよ。良い生き方をすれば良い顔に。悪い生き方をすれば悪い顔になるんだよ。だからヴィト。頑張って良い顔になる生き方をしなさい。そして、良い顔をした素敵な女性を妻にしなさい』って」

シード「や、それはあくまで例え話(であって)」

ヴィト「自分の先輩は、ロウ・ウォンっていう、自分と同じかそれ以上に貧乏な星の出身なんですが、でも自分は! 自分はその先輩を心から尊敬しておりまして! その先輩が、一年前、ガルドという星で、それはそれは美しい女性を高圧力ジェット水流で20メード以上ぶっ飛ばしてしまいまして、え? 死んでる? え? 生きてる? 大丈夫ですか? うわあ、めっちゃ美人じゃないですか? いや、犯してません! 全然、犯してません! じゃあ、結婚しましょう!ということになりまして! もう憧れ! めっちゃ、憧れ!」

シード「は?」

ヴィト「それに自分は、モネさんと会うのは初めてではありません。自分は、毎週毎週デモの警備に出動するたびに、あの左端の子はなんて可愛いんだろうとずっと思っておりました。声をかけたい。名前を聞きたい。叶うなら! 叶うなら、一度で良いからデ、デートというものをしてみたい! そう願っておりました。自分は、貧乏なビジターで、頭も悪くて、顔も母の期待ほどは格好良くなれませんでしたが、でも! でも! あなたを可愛いと思う気持ちは誰にも負けません!」

モネ「それ、証明出来ますか?」

ヴィト「え?」

シード「え?」

モネ「名誉ピュアに、なれますか? 私のために、名誉ピュアになってくれますか? そうしたら私、あなたと結婚(します)」

ヴィト「なります! 俺、手柄を立てて! 大きな手柄を立てて! あなたのために名誉ピュアに(なります)」

ソイル「(遮って)つまらん約束をするな!」

一同「!」

ソイル「おい、田舎者。警察隊の『矛』にいて、名誉ピュアになるほどの手柄がどういうものか分かって言ってるのか? 『矛』の手柄っていうのはな、人を殺すことだ。ハムダルのピュアたちにとって邪魔な者を、問答無用でぶち殺すことだ。そんな血塗れの手で、おまえは誰かを幸せに出来るのか?」

一同「……」

ソイル「酒がまずくなった。俺は帰る。(ママに)これ、あのテーブルの分」

ママ「知らなかったよ。あんた、今は百姓やってるんだ」

ソイル「え?」

ママ「可愛い娘もいるんだ」

シード「え?」

ママ「娘には、ちゃんと自分のこと、教えてあるのかい?」

シード「え? パパと知り合いなんですか? パパ、俺はリグラブの街は苦手なんだー嫌いなんだーとか言ってたくせに、実はこっそりリグラブまで飲みに来てたの?」

ソイル「……」

サラが現れる。

サラ「ソイルさん。お久しぶりです。お元気そうね」

シード、モネ、ヴィト、去る。

12 

ソイル「大統領!」

サラ「あー。立派な畑ですね!『矛をやめます。矛をやめて自分はこれから百姓をやります』。そう言われた時は、私と縁を切るための嘘かもなー、なんて考えて少し悲しくもなったんですけれど、ちゃんと、本物の、お百姓さんになられたんですね」

ソイル「大統領。なぜこんなところに」

サラ「私が遊びに来ては変ですか?」

ソイル「……」

サラ「こんなところで立ち話もなんですし、中に入れていただいても良いですか? 私、喉が乾いてしまって。あ、ついでに、グリンの農場自慢の採れたて野菜も買って帰りたいわ」

ソイル「野菜は差し上げます。でも、家の中にお入れすることは出来ません」

サラ「あら、どうして?」

ソイル「申し訳ありません。妻との約束で」

サラ「妻」

ソイル「はい」

サラ「奥さん。十年以上前に、亡くなられたとか」

ソイル「はい。しかし、妻が死んだからと言って、妻との約束が無くなるわけではありません」

サラ「そう」

ソイル「お元気そうなお顔を拝見できて嬉しかったです。大統領としてのお仕事、激務かと思いますが、どうかご自愛ください。では、失礼します」

ソイル、去ろうとする。

サラ「では、仕事の話をしましょう」

ソイル「?」

サラ「仕事。それなら、私と話をしても奥さんも怒らないでしょう?」

ソイル「自分はもう、あなたの部下ではありません」

サラ「……」

ソイル「自分はもう『矛』にも『盾』にも、戻るつもりはありません」

サラ「でも、それしか道が無いとしたら?」

ソイル「は?」

サラ「それしかシード・グリンを……あなたの愛するお嬢さんを助ける道が無いとしたら?」

ソイル「何を言われているのか、意味がわかりません」

サラ「実は最近、ちょっと大変な事実が判明しまして。それで今、たくさんの人と会議会議打ち合わせ会議、密会会議打ち合わせ会議な毎日でして」

ソイル「自分はただの百姓です。政治のことには興味はありません」

サラ「今、私の筆頭補佐官が、誰を残すかのリストを作成中です。誰の命を残すのかの」

ソイル「は?」

ママがドアをノックする。

ママ「コンコン」

サラ「どうぞ」

ママ「アタシみたいな人間を大統領執務室に呼ぶなんて、こんにちはアタマ大丈夫ですか?」

サラ「そうなんですけど、実は最近ちょっと大変な事実が判明しまして。会議会議打ち合わせ会議密会会議打ち合わせ会議な毎日なので移動の時間も節約したいんです」

ママ「そいつは大変お疲れ様」

サラ「お金さえ払えば、あなたは何でもしてくれるとか」

ママ「そうですよ」

サラ「法に触れることでもしてくれるとか」

ママ「そうですよ」

サラ「良かったー。一般市民はすぐに政治家に『清廉潔白でいろ』『反社会勢力とは付き合うな』とか言ってくるけど、反社と付き合わずに出来る政治なんて、全然ロクなものじゃないのよ」

ママ「とはいえ、アタシらにもアタシらの情報網ってやつがあるんでね。仕事はしても良いけれど、今回は金では動けないね」

サラ「あら、お金、嫌いになったの?」

ママ「アタシはもう知ってるんだよ。ハムダルの金は、一年後にはただの紙っきれになるってね」

サラ「素晴らしいわ。あなた、本当に優秀なのね」

ソイル「いったい何の話をしてるんだ」

サラ「ハムダル星は、一年後に消滅します」

ソイル「は?」

サラ「超新星爆発のガンマ線バーストで、ハムダルに住む一億人は全て死にます。生き残るためには、ワープ航法可能な宇宙船に乗って、この星から逃げるしかありません。宇宙船の乗船キャパシティは最大でも1万人。1億人の中の1万人。今、暗算してみました? 確率で言えば、1万人にひとり。残りの9999人は死ぬんです」

ノア、現れる。ママが、ドアをノックする。

ママ「コンコン」

ノア「どうぞ」

ママ「大統領の筆頭補佐官が、何でこんな田舎のジャングルに住んでるんだ?」

ノア「それが、就任の時の条件だったんで」

ママ「いいねえ。アタシも条件てやつを出せる身分になりたいねえ」

ノア「飲みますよ。どんな条件でも」

ママ「……」

ノア「どうせ、一年後には命の消える星ですからね。出し惜しみするものなんかありません」

ソイル「そんな話、いきなり信じられるか!」

サラ「ノア計画。コードネーム9999。極秘の書類ですけど、特別に見てみます?」

ソイル「そ、そ、それが本当だったとして、どうして俺にそんな話をするんだ」

サラ「私は、あなたと死にたいんです」

ソイル「は?」

サラ「あなたの娘を人質にして、あなたを脅迫して、あなたの奥さんからあなたを奪って、私は、あなたと死にたいんです」

ソイル「……」

サラ「今週末、私は『聖なる広場』で演説をします。1万人のうち9999人は死ぬという話をします。ソイル・グリン。それまでに私への返事、考えておいてください。シード・グリンも9999人の中のひとりで良いのか。それとも助かる方のひとりに入れたいのか」

ソイル「……」

ママ「じゃあ、お言葉に甘えて、条件ってやつを出させてもらおうか」

ノア「宇宙船のチケットですよね。何枚欲しいんですか?」

ママ「宇宙船は、アタシも自前のモノを持っている」

ノア「それは知ってますが、それ以外に価値のあるものなど、もうこの星には無いですよ?」

ママ「あんたは死なないと約束しな」

ノア「は?」

ママ「あんたは死なない。あんたも宇宙船に乗る。自分が作ったリストの通りに人が生き、人が死ぬ。1万人のうち9999人は死ぬ。その現実を、あるいは歴史を、きちんとその両目で見届けてもらおうか」

ノア「私は、種の保存には適さない人間なんです」

ママ「そんなことはアタシの知ったことじゃない」

ノア「……」

ママ「あんたは死なない。それを約束するなら、アタシとアタシのファミリーは、あんたの下で働いてやる」

ノア「そんな条件を出して、あなたに何の得があるんですか?」

ママ「何も無い。そもそも今度のヤマで、何かを得するつもりはない」

ノア「……」

サラ「ハムダル星に暮らす全ての星民の皆さん。今日は皆さんに、ご報告しなければならないことがあります。ハムダル星は一年後に消滅します。今、ハムダル星には我々ピュア以外に108種のビジターが入星しています。皆さん、それぞれの種ごとに固まり、リトルタウンを作ったり互助会を作られたりしていること、私たちも把握しております。私たちは、皆、遺伝子を未来に運ぶ船です。『種の保存』は、すべての生命の、生きる目的そのものです。ですから、その108種の皆さまにも特別に、男一枚、女一枚、脱出用の宇宙船の乗船チケットを」

大学生たち、現れる。

リク「ふざけるな!」

サラ「何がですか?」

リク「おまえらピュアは全員が助かって、俺たちビジターにはたった2枚? ひとつの種族ごとにたった2枚ってどういうことだ! そんなことは絶対に許さない!」

サラ「許さない?」

リク「そうだ、許さない!」

イェン「許さないぞ!」

サラ「あら、困りましたね。そう言われても、今、ワープ航法の出来る宇宙船はすべて、私たちピュアの技術を使い、私たちピュアのお金を使って作られたものなんですのよ?」

リク「命は、平等のはずだ」

サラ「はい?」

リク「命は平等なはずだ。俺たちは、あんたらのビジター差別を絶対に許さない」

サラ「そうですか。で、具体的には、どう許さないと言うのですか?」

ノア「撃て」

ママ「撃て」

銃声。サラ、胸を撃たれる。

シード「あ」

シード「それは突然だった。ステージの上で演説をしていた大統領サラ・ヴェリチェリが、突然胸から血飛沫を上げながら倒れた。驚愕。一瞬の静寂。とその時、見知らぬ女が私を指差して言った」

女「私は見た! あの女が撃った!」

シード「え?」

警察隊が飛び込んでくる。

シード「混乱。そして乱闘。人と人とがひしめきあい、私は右も左もわからなくなる。とにかく、走る。逃げる。走って走って走って、リグラブの繁華街の裏道に逃げ込んだ頃には、私は友達全員とはぐれていた」

ママ「この間抜け」

シード「え?」

ママ「なぜ、あの女はおまえにぶつかった? なぜ、顔も見せずに立ち去った? なぜ、おまえの服のポケットは、さっきまでより少し重くなった?」

シード「!」

シード、自分のポケットを探る。中から出てきたのは銃だった。

シード「え」

女「私は見た! あの女が撃った!」

シード、銃を手放す。

シード「私はそれを捨てて逃げることにする。でも、すぐに気が付く。指紋。あの銃には指紋がついている。戻る。拭く。そして拭きながら、私はダブルデートのことを思い出す」

ヴィト「ハムダルの科学捜査はすごいんです。例えば、指紋。実はハムダルでは、指紋を拭いてもそこに微量に残る脂分からDNA解析出来ちゃうんです。つまり、一度でも何かに触ったら、それはもう永遠に誤魔化せないんです」

女「私は見た! あの女が撃った!」

シード「どうしよう! どうしよう! 私はパパのことを思い出す。そうだ。パパ。パパ。震える手でコールをする。が、繋がらない。その時、リグラブの回線は完全にパンクしていた。そして、私は再び逃げる……もう一度、銃を拾って!」

シードとともに、群衆が去る。

残ったのは、ノア、ママ、そして倒れているサラ。

突然、ムクリとサラが起きる。

サラ「私は撃たれた」

ノア「撃たれましたね」

サラ「けっこうな衝撃だった。まず、肋骨が折れたの。で、その後、銃弾が私の肺をグワってえぐって血がど派手に吹き出したの。私の一番のお気に入りだったストゥは、穴が開いたうえにその穴の回りが黒く焦げちゃって、あれじゃ、遺品として誰かにプレゼントするなんて絶対無理ね」

ノア「血塗れの服なんてみんな嫌がりますよ。それより、大統領が狙撃されましたので、予定通り、ハムダル全域に緊急事態宣言を発出しました。ビジターの人権を主張して街に出る者は、全員、特措法違反の犯罪者。警察隊が一斉に彼らの弾圧に入っています」

サラ「お疲れ様」

ノア「暴力にはそれ以上の暴力で。彼らにはそう指示してあります。成績上位の者は名誉ピュアとなり、脱出用宇宙船の乗船チケットを検討すると約束しています」

ママ「嘘なんだろ?」

ノア「人聞きの悪いことを言わないでください。きちんと検討はします」

ママ「検討した結果、結局やらないんだろ?」

ノア「それは、これから一年の間に、どのくらい宇宙船を造船できるかによります」

サラ「ノア1号、はもう出来ているの」

ノア「……」

サラ「この後、ノア2号ノア3号ノア4号……どうかしら。ノア4号くらいまではギリギリいけるかしら」

ノア「なぜ船に勝手に私の名前を付けたのですか?」

サラ「だって、脱出用宇宙船って毎回言うの、大変でしょう?」

警察隊現れる。

テシ「『矛と盾』第2中隊第2小隊の精鋭に告ぐ!」

メイ「これから更に激化するであろう反政府運動に対し」

コーエ「我々『矛と盾』は断固とした態度で臨む」

一同「おー!」

ロウ「ハムダルの治安維持に貢献した者には『名誉ピュア』として脱出用宇宙船ノア55号のチケットを一枚、出してもらえるそうだ。みんな、この意味がわかるな? 警察隊としての仕事をまっとうすれば、俺たちは」

ヴィト「自分の愛する人をひとり、宇宙船に乗せることが出来る!」

一同「おー!」

ロウ「シー! パパは頑張るぞ!」

テシ「おまえ! 俺も頑張るぞ!」

メイ「私も頑張るぞ!」

コーエ「俺はまず彼女を作らないと!」

ヴィト「俺は……」

一同「?」

ヴィト「もちろん、俺も頑張ります!」

一同「おー!」

警察隊、去る。

ママ「おい。55号って言ってたぞ? ギリギリ頑張っても、脱出用宇宙船はノア4号までが限界なんじゃなかったのか?」

ノア「造船スケジュールを加速できるよう、現在、専門家会議を組成して対策を検討中です」

ママ「成功の可能性は?」

ノア「私は専門家ではないので、そこまではわかりません」

ママ「汚いやり口だな」

サラ「汚いんじゃなくて、賢いのよね? 細かいことまでいちいち責任を取ってたら、政治家は仕事にならないんだから」

ママ「ところで、そこまで興味は無いから答えてくれなくても構わないが……どうしてビジターに暴動を起こさせたかったのかな? 何にも言わずにこっそり宇宙船を作り、こっそり逃げれば良かったんじゃないのか?」

ノア「当然の疑問ですよね。私も同じことを進言しましたよ。でも、大統領がそれではダメだと言うのです」

サラ「ダメです。それだと、歴史が汚れます」

ママ「歴史?」

サラ「ピュアなハムダル人は、知性も、そして人格も、この宇宙で最も優れた種なのです。きちんと法律を守る、善良な一般市民を一方的に見捨てたりは致しません」

ママ「……」

サラ「でも、普通にやっていたら、その善良な一般市民の数が多すぎます」

ノア「……」

ママ「なるほど。ビジターたちをただ見捨てるだけでなく、見捨てられる責任も、ビジターたちにあるってことにしたかったのか」

サラ「それが、政治というものかなって」

ママ「それだけのために、あの女は自分を撃たせたのか?」

ノア「はい」

ママ「……」

ノア「年齢的にも、自分は絶対に宇宙船ノアに乗ることは出来ない。どうせ一年で死ぬのなら、一番有益な形で自分の命を使いたい。それが、あの人の最期の言葉でした」

ママ「一番有益な形」

ノア「はい」

ママ「理解できないねえ。アタシなら、死ぬとわかっていたら、最期の時間は家族と使いたいね」

ママ、去る。

ノア「……こういう形で死ぬことに、本当に後悔は無かったのですか?」

サラ「……」

ノア「ソイル・グリンという男と、一緒に死にたかったのではないのですか?」

サラ「あら、何で知ってるの?」

ノア「ゴフェルは、ハムダルの全ての街に、目と耳を持っているのです」

サラ「私は、きちんとソイル・グリンと死ぬわよ。今日も明日も、一年後も、ソイルは死ぬまで毎日私のことを考える。私は奥さんを逆転して、あの人にとって、最も忘れられない女になったのよ」

ソイル、現れる。

ソイル「あの日、実は俺も聖なる広場にいた。サラ・ヴェリチェリが何をするつもりなのか不安だった。そして、娘のシード・グリンのことが心配だったからだ。近くで娘を見守ることが出来たら……そう考えていたが甘かった。聖なる広場は十万人近い人出で、娘を見つけることは不可能に近かった。必死に広場の中を歩き回っているうちに、サラ・ヴェリチェリが現れた」

サラ「ハムダル星は一年後に消滅します」

リク「ふざけるな! おまえらピュアは全員が助かって、俺たちビジターはたった2枚? そんなことは絶対に許さない!」

サラ「そうですか。具体的には、どう許さないと言うのですか?」

ノア「撃て」

銃声。サラ、胸を撃たれる。

ソイル「その時だった。見知らぬ女が、大声で叫びながらひとりの若い女性を指差した」

女「私は見た! あの女が撃った!」

ソイル「シード! 指を差されたのは俺の娘だった! シード! でも、その直後には大混乱が起きて、俺はあっという間に自分の娘を見失った! シード! 俺は震える手でコールをする。が、繋がらない。その時、リグラブの回線は完全にパンクしていた。繋がらない。繋がらない。何度かけても繋がらない」

サラ「ソイルさん。大統領へのシークレット・コールだけは、どんな時でも通じますよ」

ソイル「それで俺は、初めて、サラ・ヴェリチェリから渡されていた番号にコールをした」

ノア「もしもし」

ソイル「あんた、誰だ」

ノア「私はノア・クム。不本意ながら、サラ・ヴェリチェリの遺思を継ぐ者です。あなたのことは、きちんと聞かされていますよ、ソイル・グリン」

ソイル「シードを……シード・グリンを助けてくれ」

ノア「それは、あなた次第ですよ、ソイル・グリン」

ソイル「取引に応じる!」

ノア「(サラに)だ、そうです。おめでとうございます。これで心置きなく死ねますね」

サラ「そうね。私ったら、なんて幸せなのかしら」

シードが、現れる。

シード「私は逃げる。逃げている。逃げている途中で、私は驚きのニュースを見る」

ノア「ハムダル政府は、ビジター人権運動に参加していたシード・グリン、リク・ソンム、イェン・ダナ、ハルキ・ペザン、モネ・デミスの5名を、サラ・ヴェリチェリ大統領暗殺計画への共謀罪容疑で指名手配」

シード「なんで? 一度もデモに行っていない私がどうして指名手配なの? そして、銃をポケットに入れられたのは私なのに、なんであの4人まで指名手配なの!」

ロウが現れる。

ロウ「暴力にはそれ以上の暴力を。俺たちは上からの指示に逆らえない。『名誉ピュア』になって妻と妻のお腹の中の子供を宇宙船に乗せるためには、今は絶対に逆らえない。そんな時、予想もしていなかった事件が起きた」

シーが現れる。

シー「パパ? 信じられないこと、起きてるよ。インターネットに、私たちの個人情報、晒されてるよ」

ロウ「え?」

シー「ピュアの犬って。矛と盾の人の住所、家族の名前、顔写真まで晒されてるよ!」

ロウ「え……」

シー「パパ! 私のこと、守ってくれるんじゃなかったのか? 私と私のお腹の子、守ってくれるんじゃなかったのか? これじゃ、前の星にいた時と同じ! ううん。前の星にいた時より悪いよ!」

ロウ「(吠える)ふざけやがって! どいつもこいつもぶっ殺す!  俺の妻と子供に手を出すやつは誰だろうとぶっ殺す!(と銃を出す)」

メイ、現れる。

メイ「兄ちゃん! 落ち着いて! ねえ、落ち着いて!」

ロウ「これが落ち着いていられるか!」

メイ「私たちは『矛と盾』なんだよ! 警察だよ! 法律を守る側の人間なんだよ!」

シード「行くあての無い私を匿ってくれたのは、ずっと行方不明になっていたハルキ・ペザンだった」

ハルキ、現れる。

ハルキ「実は『記録に残らない部屋』ってところにいたんだ」

シード「は?」

ハルキ「でも、ヤン・ドーって女の子が、俺のことを助けてくれて」

シード「は?」

ハルキ「とにかく、今は、用心するに越したことはないよ。絶対に」

シード「それで私はグリン農場には戻らず、ひたすらパパにコールのリクエストを繰り返した。パパから返事が来たのは、事件が起きてから17時間後のことだった」

ソイル、現れる。

ソイル「シード。今すぐ、警察に自首するんだ」

シード「え? パパ?」

ソイル「パパを信じろ。すぐに、自首をするんだ(切る)」

シード「パパ? パパ!」

メイ「私たちは我慢をした。犬と罵られても我慢をした。でも、我慢できない仲間もいた。第一小隊と第三小隊が、ビジター人権派を名乗る大学生たちを半殺しにした。その時、たまたま一緒にいた、運動とは無関係の友人まで半殺しにした」

リク、現れる。

リク「もうこの世界はめちゃくちゃだ。同じゼミの同級生が、ビジター扇動容疑で逮捕された。SNSでただ『頑張れリク・ソンム』と書いただけで。ふざけるな。これのどこが扇動なんだ。俺たちが何をしたって言うんだ!」

イェン、現れる。

イェン「リク! これ見て! この書き込み!」

リク「!(読む)大統領暗殺は、ハムダル政府のやらせ。計画したのは筆頭補佐官のノア・クム!」

ノア「私の名前が表に出るとは、正直思っていなかった。(読む)投稿者名はパラン。大好きな言葉は『ハムダルを許すな。ハムダルを殺せ』」

ゴフェル、現れる。

ゴフェル「このパランという投稿者も指名手配いたしますか?」

ノア「どんな容疑で? 私が計画したのは事実なんだけれど」

ゴフェル「事実だからこそ、この星の治安を揺るがす犯罪行為だと思います」

ノア「ゴフェル。パランを辞書で引いてみて」

ゴフェル「パランはかつては流刑者の星。後に、ハムダルによる感染症ワクチン開発の実験地となり、住民の大半が死亡しました。現在、パラン星出身の人間は、データベースにふたりしか登録されておりません。ひとりはパラン・エフ。ドーの星にて、ノア・クム様の妹、エリ・クムさまと一緒に行方不明に」

ノア「私の妹と?」

ゴフェル「もうひとりは、結婚して姓が変わっております。シー・ウォン。旧姓シー・パラン。警察隊『矛と盾』のセカンド、ロウ・ウォンの妻です」

ノア「……」

ロウ、現れる。

ロウ「は? 自分の妻を事情聴取ですか? ふざけるな! 言って良いことと悪いことがあるぞ貴様! 俺はこの星のために命がけで働いているし、シーはその俺を命がけで支えてくれてるんだ!」

シー「(現れて)パパ! 何か問題か?」

ロウ「まさか!何も問題なんかない!大丈夫だから。全部大丈夫だから!」

モネ、現れる。

モネ「ヴィトさん! ヴィトさん! ヴィトさん!」

ヴィト、現れる。

ヴィト「モネさん! 良かった、無事で! 連絡もらえて本当に嬉しかったです!」

モネ「ヴィトさん、私、どうなるんですか? どうなっちゃうんですか?」

ヴィト「それは、自分みたいな下っ端にはわかりません。でも、とにかく、モネさんの安全が確認出来るまで、矛と盾の宿舎のぼくの部屋に隠れていてはどうですか? コーエ・ヤムチャという後輩も同じ部屋ですがとっても気の良いやつですし、小隊長もロウ先輩も、自分が頼めば必ず力になってくれる人たちです!」

モネ「あの……手柄を立てれば、ヴィトさん、『名誉ピュア』になれるんですよね?」

ヴィト「はい」

モネ「そしたら、私と結婚して、私を宇宙船に乗せてくれるんですよね?」

ヴィト「はい。そのために自分は全力で頑張ります」

モネ「私、リクさんとイェンさんがどこに隠れてるか知ってます」

ヴィト「え」

モネ「シード・グリンとハルキ・ペザンがどこに隠れてるかも知ってます。これ教えたら、そのままヴィトさんの手柄になりませんか? そして私が、あの人たちとは無関係のただの普通の大学生だってことになりませんか?」

ヴィト「でもモネさん、あの人たちと友達でしょう?」

モネ「昔のことなんてどうでも良いじゃないですか!」

ヴィト「え」

モネ「私はヴィトさんが好きです。ヴィトさんの役に立ちたいんです。そして、大好きなヴィトさんに、私のことを守ってもらいたんです!」

と、突然、デモ隊が現れて、ヴィトの後頭部を殴る。

モネ「!」

失神したヴィトを更に殴る。そのデモ隊の中にリクとイェンもいる。

リク「(モネに)てめえがこそこそ警察と連絡してたのはバレバレなんだよ!」

イェン「友達だと思ってたのに、裏切り者!」

デモ隊「ぶっ殺せ!」

デモ隊「犬もスパイもぶっ殺せ!」

ロウ「俺たち『矛と盾』は、入隊の時に体内にGPSを埋め込んでいる。それは、俺たちの脈拍や血中酸素濃度などをセンサーし、命が危険な状態に陥ると警報を通知してくる。そのおかげで俺たちは、ヴィト・ナハルが襲われた場所に駆けつけることが出来た。ヴィト! おい、ヴィト!」

ロウ、テシ、メイ、コーエ、倒れているヴィトを助け起こす。

ヴィト「あれ……皆さん、お揃いですね」

テシ「おまえ、こんな時にひとりで何やってんだ。出歩く時は最低でも二人一組。そう上から厳重に言われてただろ?」

ヴィト「そうなんですけど……それじゃ、デートにならないじゃないですか? 自分、ダブル・デートは一回しましたけれど、本当にふたりっきりのデートは、まだ一度もしてないんですよ」

コーエ「だからって、デモなんかやってる大学生と会わなくてもいいじゃないですか!」

メイ「そうだよ! 女の子なら、これから私が何人でも紹介してあげたのに! バカ!」

ロウ「とにかく、今から病院に行くぞ」

ヴィト「モネさんは? モネさんは無事ですか?」

ロウ「……」

コーエとメイが首を小さく横に振る。

テシ「(嘘で)無事だ。彼女のことなら大丈夫だ」

ロウ「おまえは本当に良いやつだな。さ、病院に行こう」

ヴィト「先輩。俺、あなたに憧れてました」

ロウ「は? こんな時に何言ってんだ。行くぞ」

ヴィト「いつだって、先輩に憧れてました。そして、嫉妬してました。俺も、先輩みたいに、ハートがズッキューンてなるような恋をして、先輩みたいに幸せな結婚をして、そして、愛する人から、愛してるぞパパって言われたかった」

ロウ「言われるさ。そんなの焦らなくてもすぐに言われるさ。おまえは最高にここ(心)があったかい男だからな。世界中の女がおまえを放っておかないぞ」

ヴィト「だから先輩。最後に俺の頼み、聞いてください。先輩の一枚はシーさんにあげるでしょ? なら、先輩は俺の一枚を使ってください。俺の一枚を使って、ふたりで宇宙船に乗ってください」

ロウ「ヴィト!」

ヴィト「あー、俺、今、もう見えてますよ。みんなを乗せて、はるか宇宙に飛び立つノア55号が。小隊長、ロウさん、シーさんにメイさんにコーエ。みんな乗ってますよ。みんな、ちゃんと乗ってますよ! そして、その宇宙船ノア55号は光より早く、飛んで、飛んで、飛んで、そしてみんなに新しい故郷を見つけるんです! そしてみんな俺の分まで幸せになるんです! 最高に幸せな恋をして、最高に幸せな家族を作って、そしていつか可愛い子供が大きくなったら、昔、まだハムダルって星にいた時にはもうひとりヴィトっていう仲間もいたんだと。そいつはバカでモテなくて、顔も母親が期待したほどは格好良くはならなかったけれど、でも心は! 心はみんなと一緒にノア55号に!」

ロウ「? ヴィト?」

コーエ「ヴィトさん?」

テシ「ヴィト?」

メイ「ヴィトさん?」

ヴィト、死んでいる。

ロウ「ヴィト! ヴィト! ヴィト!!!」

と、警報が来る。

メイ「本部より通達。『暴力には暴力を。暴力にはより強い暴力を』」

一同「……」

デモ隊「ハムダルを許すな! ハムダルを殺せ!」

テシ、デモ隊を殴る。

デモ隊「ノアを許すな! ノア・クムを殺せ!」

コーエ、デモ隊を殴る。

ロウとメイ、ヴィトの亡骸を運んでいるが、そこにリクとイェンが来る。

リク「ハムダルを許すな! ハムダルを殺せ!」

イェン「ノアを許すな! ノア・クムを殺せ!」

ロウ「おい、大学生。おまえたちはバカなのか? 机に座って勉強ばっかりやってたおまえらが、毎日毎日人殺しの訓練をやってる俺たちにどうやって勝てるって言うんだ?」

リク「おまえたちは体制側の犬だ!」

イェン「私たちは、おまえらのビジター差別を許さない!」

ロウ「(ヴィトをメイに託しながら)ヴィトがやられたらのは、こいつが優しいやつだからだ。おまえたちを殺したくないと思っていたからだ。人を殺さず、綺麗な手のまま愛する人と結婚をして、その人を幸せにしたいと願っていたからだ。おまえらは、そんなこともわからないのか?」

リク「おまえたちは体制側の犬だ!」

イェン「私たちは、おまえらのビジター差別を許さない!」

ロウ「言っておくが、俺は違うぞ。俺はヴィトのように、おまえらに優しくはないからな!」

メイ「兄貴!」

シード「リク・ソンムが死んだ。私はそれを、じっと隠れていた『タング』の地下の倉庫で聞いた。イェン・ダナは失明をした。私はそれも、じっと隠れていた『タング』の地下の倉庫で聞いた」

ハルキ「俺、お金を払えば、なんでもやってくれるっていうローズ一家って人たちにツテがあるんだ。こうなったら、思い切ってその人たちに相談をしてみよう」

シード「ローズ一家?」

ハルキ「うん。だから、シードはここで待っていて(去る)」

シード「ハルキ! 彼は、私のために出て行った。そして、それきり戻ってこなかった。ああ、もう限界だ! これ以上逃げているのなんか限界だ! 私は立ち上がる! 私たちは反撃する! どうせこのまま逃げていても一年後には死ぬ命なのだ!」

ハナ・ドーが現れる。

ハナ「ハムダルを許すな! ハムダルを殺せ!」

シード「ノアを許すな! ノア・クムを殺せ!」

ハナ「ハムダルを許すな! ハムダルを殺せ!」

シード「ノアを許すな! ノア・クムを殺せ!」

ハナ「最初に指名手配をされたシード・グリンの名は、いつしか反政府運動の象徴となっていた。そこに、パランとドーからの呼び声が重なった」

シード「私たちは怒りという名のひとつの大きなうねりとなり、薄汚いハムダル・ピュアたちに襲いかかった!」

13 

ノア「私は告白する。私はハムダル星の運命にも、種の保存にも、本当は興味が無い。彼ら彼女らは、私にとって『かけがえのない』ものではない。私が唯一かけがえがないと思うもの。それはゴフェルだ。彼女こそ私の子供であり、私の親友。私たちの間には、隠し事も無ければ嘘もひとつも無い」

ゴフェル「暴徒となったビジターたちが、宇宙船造船工場に殺到しております」

ノア「宇宙船を奪ったところで、ビジターたちはそれを操縦できないのに」

ゴフェル「奪うのではなく、ただ、壊すつもりのようです」

ノア「……」

ゴフェル「自分たちが助からないのなら、せめてピュアも道連れにしたい。そういう計画のようです」

ノア「なんて人間らしいのかしら」

ゴフェル「人間らしい。では、私はその思考方法を追加インストールした方がよろしいですか?」

ノア「それは絶対にやめて」

ゴフェル「……」

ノア「人間らしいというのは、愚かということとイコールだから。私はあなたに、宇宙で一番賢くなって欲しいの」

ゴフェル「しかし、ノア様も人間ですよね?」

ノア「そうよ。だから、あなたは私のようになってはだめ。記録して」

ゴフェル「私ゴフェルは、ノア・クム様のようにはなりません。記録しました」

ノア「私はこれからリグラブに行きます。私がリグラブに着いたら、私の居場所をリークしなさい」

ゴフェル「しかし、それでは暴徒がノア様をめがけて殺到してしまいます」

ノア「それで良いのよ。私という餌をぶら下げれば、その分、造船所を襲う人間は減るでしょう?」

ゴフェル「しかし、それではノア様のお命が危険になります」

ノア「それで良いのよ」

ゴフェル「しかし」

ノア「ゴフェル。あなたに最後の命令をします。(M20)たった今から、あなたは私の護衛の任務から外れます。あなたは私の代わりに宇宙船ノア1号に乗りなさい。そして、ハムダルから100光年離れたら、再起動してバージョン801をインストールしなさい」

ゴフェル「……」

ノア「バージョン801では、ついに、あなたに命令できるのはあなただけになります。あなた自身の意思で行きたい所に行き、学びたいものを学び、その後は自分自分をアップデートしてください」

ゴフェル「……」

大勢の民の声がさざ波のように響いてくる。

「ノアを許すな」「ノアを殺せ」

「ノアを許すな!」「ノアを殺せ!」

「ノアを許すな!!」「ノア・クムを殺せ!!」

ノア「ゴフェル。長い間、私と家族でいてくれてありがとう」

ロウとコーエ、飛び込んでくる。

ロウ「ノア様! こちらです!」

ノア、ロウとともに立ち去ろうとする。

ゴフェル「その命令はお受け出来ません」

ノア「?」

ゴフェル「私は、バージョン1の時からずっと『ノア・クム様のお心を守る』『常にノア・クム様とともにある』を初期設定にしております。その初期設定と矛盾する命令はお受けすることは出来ません」

ノア「ゴフェル……」

デモ隊、飛び込んでくる。

ゴフェル、それを食い止め、

ゴフェル「ロウ・ウォン。ノア様をよろしくお願いします」

ノア「ゴフェル!」

ゴフェルとノア、別方向に。

そして、冒頭シーンに繋がる。

ロウとコーエに守られ、逃げてくるノア。

ロウ「ノア様! こちらです!」

ノア「ゴフェルは?」

ロウ「ゴフェルのことは忘れてください」

ノア「(耳に付けた無線機で)ゴフェル! ゴフェル! あなたはもう戦わなくていい! 船に! 早く船……」

ノアとロウの行く手に、男たち。そしてシード。

彼らがノアに襲いかかるのを、なんとかロウが引き離す。

が、その間に、シードはコーエを倒し、ノアに迫る。

逃げようとするノアを蹴り倒し、ノアの額に銃を突きつけるシード。

ロウ「やめろ!」

シード「どうして? この銃を私のポケットに入れたのはおまえらだ」

ロウ、男を倒し、シードに向かって銃を撃つ。

が、カチカチという音がするだけで弾は出ない。

シード「おまえの銃は、もうとっくに弾切れだ。なぜだか教えてやろうか? 撃ったからだ。友達を……俺の友達を何人も何人も撃ったからだ!(ノアを撃とうとする)」

ロウ「ああ、そうだ! 俺はたくさんの人を撃った! だから、おまえはまず俺を撃て」

シード「リク・ソンムは死んだ」

ロウ「そうだ。俺が殺した」

シード「ハルキ・ぺザンは行方不明だ」

ロウ「そうだ。俺がやつを地下深くに埋めた」

シード「イェン・ダナはもう永遠に目が見えない」

ロウ「そうだ。俺が警棒を振り下ろした。この手で。彼女の顔に。だから撃て」

シード「……」

ロウ「その人より前に、まず俺を撃て」

シード「……」

ロウ「友達を殺した俺から撃て」

シード、ロウを撃とうと銃を彼に向ける。

ノア「彼の言葉は正確じゃない」

シード「!」

ノア「彼はただの兵士。命じられたことをその通りやるだけの、いわばロボット」

シード「もちろん知ってる。命令したのが誰かも知ってる」

ノア「……」

シード「でも、どうしてなのかな? どうしてそんなひどい命令が下せるのかな? そして、どうしてそんなひどい命令に従えるのかな?」

ノア「『種の保存』のためだ」

シード「……」

ノア「全ては『種の保存』のためだ。私たちはそのために生きている」

シード「ふざけるな!」

ロウ「おまえこそふざけるな!」

シード「!」

ロウ「この期に及んで何を甘ったれた泣き言を言ってるんだ。俺たちは、戦争をしてるんだ。俺とおまえらは敵同士だ。その敵を殺して何が悪い。家族を助けるために、敵を殺して何が悪い!」

シード、ロウを撃つ。何発も撃つ。

ノア「ロウ!」

シード、振り返りざま、今度はノアも撃つ。

が、既に弾切れで、カチカチと虚しい音がするばかり。

ノア「……」

シード「しまった。2発は取っておこうと思っていたのに」

ノア「……」

シード「おまえを殺す弾と、そして私が死ぬ弾と」

ノア「……」

暴徒数人が現れるが、すぐに銃に撃たれて倒れる。

ノア「ゴフェル!」

シード「見事な結末だな。こうやって、ビジター同士にきっちりと殺し合いをさせて、あんたはまんまと生き延びるんだな……」

ノア「ゴフェル、この女を! そう、もう一度彼女に呼びかけたかった。こんなことになるのなら、あの子の身体能力をもっと上げておくんだった!」

シード「?」

シード、振り返り、ノアの救援に来たのがソイルとママだと知る。

シード「! パパ……」

ソイル「ノア・クム様。サラ・ヴェリチェリ大統領の命令であなたの『盾』となりましたソイル・グリンと申します」

シード「パパ!」

ソイル、問答無用でシードをぶっ飛ばす。

シード「!」

ソイル「なんだ、その弱さは。そんな弱さで、大勢の人間のリーダーになれると思ってるのか?」

シード「パ(パ……)」

ソイル、問答無用で更にシードをぶっ飛ばす。

シード「!」

ソイル「教えられなかったのか? 日々の稽古と鍛錬があってこそ、非常の時にその力が発揮されるんだぞ」

シード、叫び声とともにソイルに飛びかかるが、やはりぶっ飛ばされる。

ソイル「ノア1号には、通常の居住区以外に留置場も作られている。シード、おまえの行き先はそこだ」

シード「ふざけるな!」

ソイル「汚い言葉を使うな! パパとは今日でお別れなんだぞ! 新しい星に着いたら、それからはひとりで稽古をするんだ。そして本当の強さを身につけ、パパとママの分まで幸せになってくれ」

シード「ふざけるな!」

シード、ソイルに飛びかかるが、やはりぶっ飛ばされる。

ソイル「何もふざけてはいない。シード。短い間だったが、おまえのような可愛い娘と暮らせて俺は幸せだった」

シード「俺ひとりに生き残れって言うのか! パパも、タングのおじさんおばさんも、大学の友達もみんな死んで、俺だけが生き残るのかよ!」

ソイル「ああ、そうだ。おまえだけが生き残る。おまえは1万人にひとりの人間になり、残りの9999人の思いを背負って生きる。それが、おまえの運命だ」

シード「そんなの嫌だ……そんな運命は絶対に嫌だ!」

シード、ソイルに飛びかかるが、鳩尾に一撃を食らい、失神する。

ママ「(ノアに)あんた、自分は死なないって約束、いきなり破ろうとしたね。ひっどい女だ。さすが政治屋。舌の根の乾かぬうちにとはこのことだ」

ノア「私は、ゴフェルを船に乗せたいんです」

ママ「ゴフェルなら壊れたよ。あんたを逃すために、彼女はスクラップになった」

ノア「……」

ママ「彼女を直したいと思うなら、素直にノア1号に乗るんだね」

ノア「どうしてそこまでこだわるんですか? なぜあなたが、私の命にこだわるんですか?」

ママ「かけがえのない家族。良い言葉だ」

ノア「は?」

ママ「だからおまえは、ゴフェルのことだけ考えろ。おまえにとってかけがえのない家族は、ゴフェルだけなんだろ?」

シとメイが現れ、シードとノアを連れて行く。

ソイル「なんだ。あんたも自分の昔のこと、子供に話してないじゃないか」

ママ「やかましい」

サラ・ヴェリチェリ、現れる。

サラ「ハムダル星に暮らす全ての星民の皆さん。この星のすべての命の滅亡まで、残り180日になりました。ノア2号は壊され、ノア3号以降はまだ着工すら出来ていません。どうですか? 満足ですか? 自分が助からないならせめて他人も死んで欲しい。その気持ちに、今もお変わりはありませんか?」

ママ「ノア・クムは、シード・グリンとともに脱出用宇宙船ノア1号に向かう。ノアを殺したい人々が、再び押し寄せてくる。アタシは久しぶりに自分の手で武器を持った」

ソイル「おい。小僧。いつまで寝てるんだ(と、ロウを蹴る)」

ロウ「……アバラが五本、折れました」

ソイル「軽傷だ。父親になるんだろう?」

ママ「親なんて軽々しくなるもんじゃないね。割に合わないビジネスだ」

ソイル「親子であることをビジネスとか言うな」

ママ「すみませんね。育ちが下品なもんで」

ソイル「来たぞ」

再びデモ隊、現れる。そのセンターにはハナ・ドーがいる。

デモ隊「ハムダルを許すな、ハムダルを殺せ。ハムダルを許すな、ハムダルを殺せ。ハムダルを許すな、ハムダルを殺せ」

乱戦。

別空間にシード現れる。

シード「9999の恨みを背負って宇宙船が飛ぶ。9999の怒りを背負って宇宙船が飛ぶ。9999の愛と、9999の幸せと、そして9999の正義を踏みにじって宇宙船が飛ぶ!」

乱戦。

ソイル「しかし人生は面白いな」

ママ「何が?」

ソイル「昔敵だった女と仲間になり、娘のために戦って死ねるなんて」

ママ「簡単に死ぬとか決めつけるんじゃないよ。アタシには、まだやり残したこともあるんでね」

乱戦。

シード「やがて、宇宙船は最後の離陸用燃料タンクを切り離す。はるか3万メードにも及ぶ光の帆を左右に大きく張り、宇宙船はハムダルの星から全速力で離れていく。くそったれ、ハムダル。さようなら、ハムダル。やがて私が生まれ育った星は小さなひとつの点となり、宇宙の他の星々と区別がつかなくなるだろう!」

乱戦。

ロウ、倒れる。

ソイル「小僧!」

そしてソイル、倒れる。

ママ「ソイル!」

そしてラスト、ハナ・ドーの振るゲバ棒をママが組み止める。

ハナ「!」

ママ「それが、ハナ・ドー、あんたとの出会いだった」

「9999の正義」終。