第一章 5 六人の来星者

最初にレイジ・ドー。次にハク・ヴェリチェリ。それから更に四名の男女が、不時着した宇宙船「HUMDALL SPACE FORCE 13A5W D227」から降りてきた。この宇宙船には、全部で六名が乗り込んでいたようだった。

「ドーの星の皆さん。お騒がせして申し訳ありません。実は、ちょっとした機材トラブルのため緊急着陸をさせていただきました。修理と点検の間、少しだけ、こちらの星にお邪魔をさせてください」

そう最初に、長身の若い男が挨拶をした。彼の名はキャプラス・ヴァイス。彼が宇宙船の機長(キャプテン)であり正パイロットだという。

「ぜひ、キャプテンのキャプラスで『キャプ』とお呼びください。幼い頃から宇宙船のキャプテンになるのが夢で、ずっと周囲の皆さまにもそう呼んでもらっておりまして」

ハク・ヴェリチェリは副パイロット、レイジ・ドーは船外作業員、残る男性二人と女性一人は、今回たまたまこの船に乗り合わせた「お客さま」だと彼は説明した。男性のひとりは投資家で、今回はとあるレア・メタル鉱山の開発権の売買のためにこの宇宙船に乗ったという。名前は、リッチ・カーオ。彼も、ハムダルのピュア。ずんぐりとした正方形に近い体型に、上等そうな皮のジャンパーを着込み、年代物のライフルをギュッと体の正面に抱きかかえながら降りてきた。もうひとりの男性は、ハムダル宇宙大学の教授。名前は、パラン・G・エフ。くるくるとした黒い巻き髪に褐色の肌。外見は、まるでドーの星の男たちのようだ。専門は星間歴史学。左頬に大きな直線形の傷があり、それが彼の柔和な笑顔ととても不釣り合いだった。そして、最後に出てきたのは若い女性。職業はジャーナリスト。肩まで伸びたホワイト・ブロンドの髪とブルーの瞳。透き通るような白い肌。名前はエリ・クム。

彼らの紹介を聞いた大叔父のオオノキは、訥々としたハムダル語で、
「皆さん、まずは私たちの集落に移動をしませんか?」
と提案をした。ハムダル星の政治経済圏にある星はすべて、必修教育科目にハムダル語を加えることが義務付けられている。その条件を受け入れないと、ハムダルはその星と交易もしないし、科学技術などの供与もしない。平和条約も結ばない。なのでドーの星でも、冬を一つ越した子供たち以上は全員、定期的に集会所でハムダル語を習う決まりになっている。
「この時間は、我々はいつも宴を楽しんでおりまして、ぜひ、皆さんとも同じ火を囲んで同じ酒を飲みたいですね。レイジのお仲間なら、我々にとっても家族も同然。今宵は会話もすべてハムダルの言葉で話しましょう」

「家族」という言葉に、ヤンは切ないものを感じた。なぜなら、前にレイジの銀色の髪を「不吉」と言ったのも、同じオオノキだったからだ。オオノキは、嘘をついているわけではない。「家族も同然」という言葉も本心であり、「銀色の髪は不吉」という言葉も本心。そして、本心であれば、何事も口に出して良し。それが、ドーの星の人たちの基本的な考え方であることを、ヤンはもちろん理解はしている。理解はしているが、それと、感情をきちんと消化することとはまた別問題。そんなことを、ヤンはレイジの銀色の髪を見ながら思った。

「あなたがこの星の長(おさ)ですか?」

キャプが、オオノキに尋ねた。

「長? いえ、違います。私たちには長はいません」

「長がいない? それは、今ここに居ない、と言うことですか?」

キャプの質問に、レイジが横から口を挟んだ。

「キャプ。ドーでは、長とかリーダーとか知事とか大統領とか、そういう人をわざわざ決めたりしない社会なんです」

「え?」

キャプは驚きで大きく目を見開いた。

「じゃあ、誰がみんなを取りまとめるんだ? リーダー無しで、社会はどう運営される? 政治は? 何か問題が起きるたびに全員で多数決をするのかい?」

「問題は滅多に起きませんし……」

キャプの疑問に、再びオオノキが答えた。

「それに、私たちは意見が割れるということがありません」

「意見が割れない?」

「そもそも、なぜ、意見が割れるのでしょう。『あなた』の恵みに感謝をする。家族を愛する。食べ物も飲み物も全員で分け合う。朝と昼は働き、夜は歌を歌う。どこにも、人々の意見が割れるところがありません」

オオノキの言葉に、他の叔父たちも深く頷いた。

「なるほど。素晴らしいですね……」

戸惑いの表情を浮かべながらも、キャプはそう言ってオオノキたちの顔を立てた。キャプの背後で、学者のパランが左頬の傷跡を薬指で小さく掻き、

「実に興味深い……」

と小声で呟いた。

「さあさあ。こんな所で立ち話をしていても冷えるばかりです。私たちの集落に移動しましょう」

オオノキが言う。カカが手を上げ、

「ハナとヤンと、あと、生まれの遅い六人は帰りは歩け」

と、指示をした。

「お客様、ぜひバギーにお乗りください」

「え? 俺も良いんですか?」

レイジが驚いたように声をあげる。

「もちろんだ。おまえが別行動だとお客様が安心できないじゃないか」

カカが言い返す。と、その時、エリ・クムが手をあげた。

「あのう。私は徒歩でもいいですかぁ?」

「え?」

「皆さんの集落って、あれですよね。あそこに見える灯りのところですよね。あのくらいなら、多分歩いても30分くらいだろうし、ここまでずっと座ってばっかりで運動不足で足もむくんじゃったし、なので、私は歩きでもいいですかぁ?」

のんびりした声色でエリは言い、それからハナの側に行くと、彼の右腕にそっと触った。

「この人たちも歩くんでしょ。なら、道に迷う心配もないわけだし」

そう言いながら、にっこりと微笑む。ハナは狼狽の表情を浮かべてレイジやオオノキを見たが、レイジは笑って、

「どうぞご自由に。ハナ、エリさんをよろしく」

と明るく答えた。

オオノキがバギーにエンジンをかけ、レイジ、ハク、キャプ、リッチ、パランの五人を乗せて、来た時の3分の2くらいのスピードで走り去った。

彼らが視界から消えると、エリは大きく伸びをした。

「あー、嬉しい。私、あいつら嫌いなんだよね」

と言った。

「あいつら?」

「キャプとリッチ。あ、安心して。レイジのことは普通に好きだから」

「なんで、嫌いなんですか?」

とハナが訊く。

「なんででしょう。まあ、いいじゃない。さ、歩きましょ」

そう言うと、エリは先頭を切って歩き始めた。慌ててハナとドーの男たちが後に続く。ヤンも、グループの最後尾について、今来た道を戻り始めた。

「足元に気をつけてくださいね。ここの赤砂利は、時々足を滑らせますから」

徒歩組に残ったカカがエリに言う。

「この星は、街灯も無いのに夜も明るいのね。大きな月が二つもあるからかしら」

エリが歩きながら空を見上げる。

「ハムダルには、月は無いんですか?」

「あるけど、ひとつだけ。しかも小さいの。だから、ここの夜空はなんだか不思議」

「あ、でも、ここでも月がひとつの日、ありますよ」

「そうなの?」

「はい。あのふたつの月は、大きさがほとんど同じで、お互いに相手の周りを回ってるんです。回りながら、同時にドーの星の周りも回ってる。なので、日によっては、片方がもう片方の裏側にぴったり隠れちゃって、ひとつの月しか無いように見える日もあるんです」

「うわあ。とってもロマンチック!」

「ロマンチック?」

「だって、そうじゃない? お互いにお互いの周りを回りながら、同時に、ふたり一緒にもっと大きな何かの周りを回る……何だか、男と女の話みたいじゃない?」

そう言いながら、エリは今度は近くにいたカカの腕に自分の腕を回した。カカの表情が驚きで固くなる。

(ハムダルの女の人は、みんなこんな風に簡単に男の人に触るのだろうか。それともこの人が変わっているのだろうか)

そんなことをヤンは思う。

「ところで、ひとつ、訊いても良いですか?」

改まった口調で、ハナがエリに質問をした。

「あの宇宙船、ドーから3光時間も離れた場所を航行予定でしたよね。それがどうして、ドーに不時着することになったんですか?」

ヤンの前を歩いていたザヌという叔父が、小声で「サンコウジカンって何?」と訊いてきた。「光の速さで進んでも3時間かかっちゃうほど遠い距離ってこと」とヤンも小声で答えた。

ハナの質問に、エリはしばし「うーん」と考え込んだ。そして、

「実は、私も『えっ? 急に何?』って感じだったんだよね」

と言った。

「私はただの客だったし、ちょっと退屈もしてたし、だらだらとファッション・サイトのアーカイブを眺めてたの。そしたら、レイジが船外点検から帰ってきたから、私、彼の服の袖を捕まえて、『レイジさん、なんか、情報持ってません?』ってストレートに訊いてみたの」

「情報?」

「そうよ。ハク・ヴェリチェリの情報。恋バナでも、仕事のゴシップでも。とにかく、ハク・ヴェリチェリについてのニュースはお金になる。だから、何でも良いから仕入れて来い。それが、我が社のデスクからの命令なの」


宇宙船13A5W D227号は、ドーの星に不時着をするその2時間前まで、予定の航路を順調に進んでいた。コクピットとゲスト・シートのある第18コンパートメント。窓を模した広いモニター画面からは、漆黒の闇に浮かぶ細かい水しぶきのような星々がずっと見えている。けれどエリ・クムは、この美しい眺望にとっくに飽きていた。

「ハク・ヴェリチェリさま。本日2度目のヘルス・チェックの時間です。診断ライトの中にお入りください」

AIの合成音声が告げる。と同時に、ルームの真ん中にある0.5メードほどの円形プレートが、淡い青い光を足元から天井に向かって放射し始めた。ハクが副操縦席から立ち上がり、その淡い青の円筒形の光の中に入る。

「ヘルスチェックを開始します……終わりました」

青い光の濃淡が三度揺れると検査は終了である。

「ハク・ヴェリチェリさま。本日2度目のヘルスチェック。脈拍、血圧、血液内酸素濃度、正常。神経系統、正常。骨密度、正常。宇宙放射線被爆量、規定内。DNA損傷未検出。次のヘルスチェックは8時間後です。次、キャプラス・ヴァイスさま。本日2度目のヘルスチェックです。診断ライトの中にお入りください」

(ああ、この合成音声にもうんざりだ)

そうエリは思う。そもそも、こんな狭っ苦しい宇宙船に乗っていることがうんざりだ。ハク・ヴェリチェリのゴシップネタ探し。こんな仕事、ジャーナリズムと何の関係も無い。

「お疲れ様でした」

レイジ・ドーが船外装備の点検作業から戻ってきた。自分の横を通り過ぎようとするタイミングで、エリはレイジの左腕の袖を掴み、自分のチェアの方に引っ張った。レイジは不意を突かれてバランスを崩し、エリの膝の上に尻から落ちた。

「な、何か御用ですか? エリさん」

まるで、お姫様抱っこのような体勢のままレイジが質問をする。

「レイジさん、なんか、情報持ってません? 持ってるでしょ? 私を助けると思って、こっそり教えてくれない?」

そうエリは、少し媚びた音色を混ぜた声で言った。

「え? 何の話ですか?」

レイジがとぼける。

「結局、ハクさんはどっちと結婚するの?」

「はい?」

「キャプ? リッチ? レイジさん、実は知ってるんでしょう?」

「どうしてぼくが?」

「だって、レイジさん、ハクさんとは大学の同級生で、かなーり仲の良いお友達なんでしょう? 絶対、恋バナのひとつやふたつ、聞かされてるでしょ?」

「全然ですよ。ていうか、身分が違い過ぎて友達ですらないです」

「またまた」

「本当ですって。それに、彼女が結婚するとして、どうして相手があのふたりに決め打ちなんですか?」

「は! 何言ってるのよ。彼女のお爺ちゃんが記者たちの前で思いっきり明言してるのよ! 『あー、これはオフレコでお願いしたいんだがね。あー、どうも孫には、心に決めた人がいるらしくてね。あれは、誰に似たのか、少しばかりワーカーホリックなところがあるから、きっと出会いも職場なんだろうね。それか、同じ船に乗り合わせた相手とかね。うんうん。え? 私? 私は相手がピュアでさえあれば、孫の選択をもちろん尊重するよ。あれは、とても賢い子だからね』」

エリは、ハムダル星の元大統領であり、現大統領のサラ・ヴェリチェリの父でもあるボア・ヴェリチェリの口真似を上手に披露した。

「エリさんって、物真似とか、そういう役に立たない事は上手ですよね」

レイジが混ぜっ返しながら、エリの膝の上から立ち上がろうとした。その腕をエリは再び引っ張ったので、レイジはまたしてもお姫様抱っこの状態に戻ってしまった。

「でも、この船って、ピュアの男、ふたりしかいないのよ。キャプラス・ヴァイスとリッチ・カーオ。レイジさんはビジターだしパラン教授は肩書きは名誉ピュアだけれどDNAはビジターだし」

「どっちと結婚したって良いじゃないですか。本人の自由でしょ」

「そういう意地悪言わないでよ。この船に乗るチケット代、びっくりするほど高かったのよ? どっちと結婚しても良いけど、そのスクープを他所に抜かれたら、私、クビにされちゃうかもしれないのよ?」

「大統領筆頭補佐官の妹さんをクビにする会社なんてないですよ」

「関係ないわよ、姉さんのことは!」

エリ・クムは、姉の話をされるのが一番嫌いだった。大統領筆頭補佐官、ノア・クム。エリ・クムとはハムダル年で年齢差4つの姉妹だ。

AIの合成音声が、今度はエリ・クムを呼ぶ。

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

「エリさん、呼んでますよ? 行かないと」

レイジが猫撫で声で言う。

「嫌よ。面倒くさい」

「エリさん。ピュア宇宙航行法で決まってるんですよ。義務なんですよ」

「レイジさんだって一度もしてないじゃない」

「自分はビジターなんで、必要ないんです」

「差別」

「区別です」

「差別でしょ」

AIの合成音声がエリを呼ぶ。

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

ちなみに、このAI音声は諦めるということを知らない。法に定められた診断が行われるまで、無限に相手を呼び続ける設定になっている。

「あー、もう! みんなして私をいじめる!」

そう叫びながら、エリはレイジをどかし、ルームの真ん中にある円形プレートの方に歩き出そうとした。と、その時、居住区との連結ドアが開き、両手を高く上げたパラン・G・エフと、そのパランの背中にライフル銃を突きつけたリッチが現れた。



「あの……健康診断の法律があるんですか?」

ハナが、エリの話の途中で口を挟んだ。

「そうなのよ。面倒くさいの」

エリが肩を竦めながら答える。ヤンは後ろの方で

(質問をするなら、ライフル銃の方じゃないの?)

と思ったが、特にライフル銃にも興味は無かったので黙っていた。

「そんな便利な機械があるのに、どうしてレイジは受けさせてもらえないんですか?」

ハナは更に質問をする。

「そういう法律なのよ」

エリは憮然とした口調で言う。

「税金のほとんどはピュアが払っているのだから、そのお金で作った高価なシステムはピュアが独占的に使うのが当然だ。みたいな考え方なのよ。政治家も官僚も」

その官僚のトップが、エリの姉であるノア・クムだ。

(この人、自分もピュアなのに、どうして「ピュアは嫌い」みたいな感じで話をするんだろう)

そんなことをヤンは思ったが、これも口には出さなかった。

「でも、たとえば今日の宇宙船だと、船外作業員はレイジしかいないわけでしょう? そのたった一人の船外作業員が体調不良になって働けなくなったら皆さんだって困りませんか? そうならないためにも、日頃からビジターの健康診断だってした方が良いと思うんだけど」

ハナはそうエリの話に食い下がった。何をムキになっているのだろうとヤンは思うが、これも心の中でだけにしておく。

「うん。そうだよ。君が正しい」

エリは、あっさりとハナの主張を肯定する。それから、

「だけどね、坊や。世の中は正しいか正しくないかでは動かないのよ」

と付け加えた。ハナはそれきり黙った。




「おまえら! 全員、動くんじゃないぞ!」

ライフルを手にリッチが大声で言う。

「参った! 降伏します! 撃たないで! 捕虜になりますから!」

そうパランが棒読みに近いイントネーションで言う。

「ダメだ! 銃というのは、登場したら必ず弾を発射しなければならないって決まってるんだ。バーン!」

最後のバーンは、銃を撃った音ではなく、リッチが自分の口で言った音だ。だが、パランはそれを受け、「あああ!」と下手くそな悲鳴を上げながら、わざとらしく床に倒れた。

「あの。何してるんですか?」

レイジが訊く。

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

とAI音声がまた言う。リッチはレイジを無視して、ライフルを手に、スルスルスルと床に足を滑らすダンスのステップを踏んで、ルームの真ん中まで移動した。

「ハクさん。これ、見てください。経営難の博物館から流出した、古代人が使っていた武器です。すごくないですか? オークションに出ていたので、競って競って落札して、すぐに3D転送させました」

そんな自慢をしながら、エリ・クムのために点いていた青い診断ライトの光の中にリッチは入った。

「リッチ・カーオさま。本日2度目のヘルスチェック。脈拍、血圧、血液内酸素濃度、正常。神経系統、正常。骨密度、正常。宇宙放射線被曝量、規定内。DNA損傷未検出。次のヘルスチェックは8時間後です」

AIは瞬時のスキャンで対象者を正確に判別する。リッチは再びダンスのステップを踏みつつ、ハク・ヴェリチェリのいる副操縦席の横まで移動した。

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

リッチの背後では、AIが先ほどの台詞を繰り返す。リッチはハクの真横に来ると、立て膝でライフルを構えてみせた。

「どうですか? 惚れていただきました?」

ハクに質問をするリッチ。

「いいえ。惚れません」

淡々と答えるハク。

「え? でもでもでも、前にハクさんのお爺さま、テレビで仰ってましたよね?」

リッチの抗議の言葉を聞いて、エリはその時のボア・ヴェリチェリの物真似も披露した。

「『ヴェリチェリ家は歴史ある家柄ですからね。私も、娘も、そして孫も、みんな、トラディショナルを感じさせてくれるものが大好きなんですよ。うんうん』」

リッチはハクの目の前に古代人の武器を突き出した。

「なので、ほら。レッツ・トラディショナル」

そしてもう一度、大袈裟な立て膝でライフルを構えてみせる。機長席にいたキャプが「フフン」と小さく鼻で笑った。リッチは少し顔色を変え、キャプの方向に向き直った。

「今、どうして笑ったんですか? キャプテン・キャプラス」

「わからないなら良いですよ。どうかお気になさらず」

口元に冷笑を浮かべたままキャプは答える。エリ・クムは、キャプのその笑い方が前から嫌いだった。

「お姉さんがあれだけ優秀だと、妹にはプレッシャーですよね。わかります」

そんな気休めをこれまでエリに言ってきた大人たちはみんな、キャプと良く似た笑みを口元に浮かべていたからだ。

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

AI音声がまた言う。

「自分、今、バカにされてます?」

リッチがキャプに絡み始めた。

「なぜ、そう思うんですか?」

キャプは余裕の態度だ。

「なんででしょうね。でもバカにしてるでしょう?」

「私は君に何も言っていない。君がバカにされていると思うのなら、それはきっと、君自身が君を少しバカだと思っているからじゃないかな」

「俺が、バカ?」

「私はそうは思っていませんよ? ただ、そうですね。ひとつ発言するのを許していただけるなら、高い買い物を自慢することで女性の気持ちを掴もうとするのは、あまりスマートなやり方では無い気がしますね」

そう言うと、またキャプは、口角を少し上げた。白い歯がほんの少し見える。彼は、その微笑み方にとても自信があるらしい。エリ・クムの心には一ミリペタも響かないのだが。と、レイジがエリの耳元で言った。

「ハクさんは、どっちとも結婚しないと思うなあ」

ハク・ヴェリチェリが、操縦席をクルリと反対側に回す。そして、キャプのこともリッチのことも見ず、まだルームの入り口のところに倒れているパランに向かって質問をした。

「パラン先生、どうしてリッチさんのお芝居にお付き合いしてたんですか?」

「ああ。うん。実はね……」

パランが答えようと立ち上がるが、その前に、リッチがハクとパランの会話に割り込んだ。

「実は自分、パラン教授の研究室に、寄付をすることにしましてね。それも、かなりのまとまった金額を」

パランはリッチの背に向かって頭を下げた。

「とっても助かります。ありがとうございます」

「へええ。パラン先生の研究に」

ハク・ヴェリチェリが感心したように言ったのがとても嬉しかったのか、リッチは更に饒舌になった。

「自分は確かに金持ちですが、決して守銭奴ではないですから。それを、きちんとハクさんにもご理解いただきたいなと。それに、パラン教授の御研究にはハクさんもご興味があるとうかがいまして……ええと教授の研究ってなんでしたっけ」

「星間歴史学です。星の間の歴史と書いて、星間歴史学」

「そう! 歴史ですよ、歴史! レッツ・トラディショナル!」

そう大声で言うと、リッチは再びライフルを格好良く構えてみせた。

レイジがまたエリ・クムの耳元で言う。

「強いて言うなら、パラン教授でしょ。結婚相手」

「パランさんはピュアじゃないから」

「でも、ハクさん、パラン教授の事、多分好きですよ?」

「あのね。これは恋愛ゲームじゃないの。ハク・ヴェリチェリは、ピュアの男と結婚をして子供を産み、次世代に高いスコアを繋げる義務があるのよ」

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください」

AI音声が変わらぬテンションでまた言った。

と、その時だった。ふわりと体が浮き上がるような違和感。それはすぐ、自分が体重が急激に増したような真反対の違和感に変わった。重力制御システムが不具合を起こしたのは明白だった。窓を模したモニター画面の中では、星空が猛烈な勢いで反時計回りに回転を始めている。

「第2推進エンジンにシグナル・イエロー」

AI音声が非常事態用のものに切り替わった。操縦席のコントロール・パネルに、見たことのない赤いライトが複数、不穏な早い点滅を始めた。

「船体制御。回転抑止」

ハクが落ち着いた声で言いながら、いくつかの物理ノブに触れる。重力関係の違和感はすぐに消えた。

「第2推進エンジンにシグナル・イエロー。原因不明」

AI音声が繰り返す。

「何があったんですか?」

「微小隕石の衝突ですかね……そういうデータは無いんですが……」

パラン教授の質問に、キャプが返事をする。

「メイン航行エンジンはグリーン。第2推進エンジンはシグナル・イエロー。自動航行コントロールシステムもシグナル・イエロー。航行の一時中断とシステムのディープ・スキャンを推奨します」

AI音声が提案をする。

「どゆこと? 俺ら、どっかに不時着すんの?」

リッチが、ライフルを抱きしめながら怒鳴る。普段の威勢とは裏腹に、どうやら彼は怖がりの小心者らしいとエリは思った。

ハク・ヴェリチェリが、近隣の宙域航路図を素早く検索する。

「現在、この船から最も近い着陸可能惑星は、スヴァルト銀河・恒星ドワ星系第12番惑星、ドー。距離21.7宇宙キロメード」

「ワーオ♪」

レイジが大きく両手を広げた。

「そこ、俺の故郷です」



「というわけで、予定変更でこの星に来たってわけ。そしたら、最初に着陸しようとしてた平地が、皆さんの集落のど真ん中だって分かって慌てて方向転換したり、手動操縦への切り替えが途中でフリーズして山の中腹にぶつかっちゃったり、けっこう大変だったの。ホント、誰も死ななくて良かったわ」

そう言って、エリ・クムはけらけらと笑った。

「笑い事じゃないと思いますけど」

と、ハナが言うと、エリは、

「それがさ。最後がまた最高に笑えるのよ。山に突っ込んで、逆噴射でそこから脱出して、ようやくさっきの場所に着陸し直して……そしたらあの宇宙船のAI、最後に何て言ったと思う?」

と言って、更に笑った。

「エリ・クムさま。本日2度目のヘルスチェック。診断ライトの中にお入りください……って!」

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