Prologue
A man arrived at a small spaceport near the equator.
Captain Fallow, the spaceport manager, greeted the man in the only small lobby. When the man spotted the captain, he gave a slight bow, then looked around the lobby with its single metal bench and asked,
“Aren’t there any immigration gates or baggage scanning systems?”
“No, there aren’t. Actually, it’s rare to find anyone unusual enough to want to come to this planet. As far as I know, you’re the first in 10 years.”
Hearing the captain’s words, the man shrugged slightly and said with a sad smile,
“Well, I didn’t come here because I wanted to.”
“You see, I need to know. I can’t move forward without knowing. It’s like I’m under some kind of curse.”
“I see.”
While Fallow didn’t quite understand what the man meant, he chose not to ask any questions.
赤道付近にある簡易宇宙港に、ひとりの男がやってきた。
宇宙港の管理責任者であるファロー大尉は、ひとつしかない小さなロビーでその男を出迎えた。男は大尉を見つけると軽く会釈をし、それから鉄製のベンチしか置いていないロビーを見回して、
「入星審査のゲートとか、手荷物のスキャン・システムとかは無いのですか?」
と尋ねた。
「ありませんね。そもそも、この星に来たいという奇特な人は滅多にいませんから。私の知る限り、この10年であなたが初めてです」
大尉の言葉を聞くと、男は小さく肩をすくめ、
「私も、来たくて来たわけじゃないんですよ」
と、悲しげな笑みを浮かべながら言った。
「ただ、私は、知らなければならないんです。知らなければ、前に進めない。そういう呪いをかけられてしまったみたいでして」
「なるほど」
ファローは男の言うことがよく理解できなかったが、自分からあれこれ質問をするのは控えた。
「では、あなたの旅が有意義なものになるよう、私も祈ることにいたしましょう」
ファローは、ロビーの外に停めてあるひとり乗りの氷雪面専用バギーまで男を案内した。
「どうぞお乗りください。タイヤが特殊なだけで、運転方法は普通のバギーと同じです」
男は乗った。
「目的地までナビゲーションが誘導します。現地に着いたら、このカードをかざしてロックを解除してください」
そう言って、ファローはカードを男に手渡した。
「ビジター用カード」
男は、カードの表面の文字を声に出して読んだ。そして、
「なるほど。確かに私はビジターだ。いや、『この星でもビジターだ』と言うべきかな」
と、わざわざ言い直した。ファローは彼が何に拘っているのか理解できなかったが、やはり質問はしなかった。
「では、お気をつけて」
ファローがそう言うと、男はグイッとアクセルを踏み込んだ。
男はひとり、北に向かって1キロメードほど移動をした。
その惑星には「色彩」というものが無かった。
空はぶ厚い灰色の雲に覆われていて、どこにも切れ目が無い。地面もぶ厚く濁った灰色の氷雪で覆われていて、どこにも切れ目が無い。夏でも気温は氷点下40度までしか上がらず、冬にはそれが氷点下130度以下まで下がる。風はほとんど吹かず、そのせいで景色の変化というものが無い。
音も無い。
その無音のモノクロームの景色の中を走っていると、まるで、時間という概念が、人間のただの勘違いのように男には思えてきた……
と、唐突にナビゲーションが告げた。
「目的地に到着しました」
同時に、氷雪の下から2メード2メードの漆黒の立方体が迫り上がる。男はバギーを降りると、その立方体に向けてカードをかざした。
正面のドアがスルスルと開く。
それは、エレベーターだった。
乗り込む。
内部にはコントロール・パネルも、階数表示も、非常ボタンも無く、よく磨かれた銀色の壁が、オレンジの室内灯をただキラキラと反射させていた。
この星に駐留している兵士はファロー大尉ひとりのはず。では、このエレベーターの壁は、誰が磨いているのだろう……そんなことを男は考えた。
ドアが閉まる。
体が一瞬、軽くなったような気がした。かなりの高速で地下に降りているのだろう。何メードくらいだろうか。10秒ほどの降下を経て、エレベーターは停止した。
開いたドアの先が、そのまま目的地だった。
正面に、老婆がひとり、いた。
両手首と両足首に、古風な太い鈍色の鎖。その鎖で壁に繋がれたまま、老婆はペタンと銀色の床に座っていた。エレベーターのドアが開いた気配は感じているだろうに、顔を上げようともしない。男は老婆の側に行こうとしたが、ドアを塞ぐように透明の硬化ガラスが設置されていて、男はエレベーターから降りることが出来なかった。
「ママ!」
男は老婆に声をかける。
と、老婆の返事より早く、地下空間全体にコンピュータ音声が流れた。
「面会時間は5分です」
「いやいや、待ってくれ。彼女の話を聞くために、俺は気が遠くなるほど遠い距離を旅してきたんだ。とてもじゃないが5分では済まない」
コンピュータは同じ言葉をもう一度繰り返した。
「面会時間は5分です」
男は再び老婆のほうに向き直った。
「ママ! 俺だよ! わかるだろう? さあ、顔をあげて俺を見てくれ」
老婆はやはり顔を上げなかった。そのかわり、クックックッと小さな声で笑った。
「気安くママなんて呼ぶんじゃないよ。アタシには娘はたくさんいたけど、息子はひとりもいないんだ。男ってやつは、普段は威張っているくせに、いざって時には何の役にも立たないポンコツばかりだからね」
男は、硬化ガラスを叩きながら叫んだ。
「ママ! 俺は本当のことが知りたいんだ! 真実ってやつだよ。俺は、彼女の真実を知りたいんだ!」
「見返りはなんだい?」
「見返り?」
「当たり前じゃないか。見返りも無しに、アタシに昔を思い出させようって言うのかい?」
そう言うと、老婆はひとつ、くしゃみをした。それから大儀そうに体を起こし、背中を壁に預けて天井を見上げた。
「アタシはね。つまらないことは綺麗さっぱり忘れることにしてるんだよ。今となっちゃ、私が覚えているのは三人の女のことだけだ。
ひとりは、アタシが殺そうとした女であり、
ひとりは、アタシを殺そうとした女であり、
ひとりは、その両方だった。
ひとりは、ピュアであり、
ひとりは、ビジターであり、
ひとりは、その両方だった。
三人とも、心に異なる正義を持っていて、そしてあの時、世界の運命はその三人の女の手に握られていた」
そこまで言うと、ようやく老婆は、男の顔を見た。
「で、あんたが知りたい真実ってのは、どの女のことだい?」
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takehiko.hata